絵画や写真は1000字分③
以前、このタンスの写真で千文字以上書けると私はブログの中で言ったよ。そのブログがこちら👋😊
今日、それを書いてみるよ😄。
【タンス】
このタンスは、私が生まれる前から家にあったという。母の嫁入り道具なのだ。だから、このタンスの年齢は、もう50才を越えている。
私は、子供の頃、このタンスが怖かった。それは、木目模様が顔に見えるからだ。左右の扉に、ムンクの叫び声のような横顔に見えるものがあるよね。猿の驚いた顔にも見える。この顔に見える模様が怖かった。怖かったが、嫌いではなかった。
当時としては、このタンスは値段がとても高かったのかもしれない。嫁入り道具なのだから当然か。
母のもとに来て50年間、私の家族を見守ってきた。父と母の二人の生活。そこに姉が生まれ、私が生まれた。父は東京にある寮を出て、家族は近郊の団地に引っ越した。その団地にもこのタンスはついてきた。父は一軒家を建てた。2年で家を買い換え、もっと日当たりのよい場所に引っ越した。その家も15年前に立て直した。そして妻が嫁いできた。チューが生れた。そんな家族の移り変わりを、ずっと見てきたタンスである。
さて、父が亡くなって12年が過ぎる。母もすでに77歳。私は50歳に手が届く。悲しいが、チューは自分の家族を持てないだろう。だから、このタンスは、長くてもチューの代で私の家族の物から別の人の物となるか、捨てられてしまうだろう。妻にもチューにも思い入れのないタンスとタンスの中身。仕方がないことである。
私は体の弱い子どもだった。幼い頃に病気で死にかけたことがあるそうだ。2歳の頃から6才の頃まで自家中毒を繰り返した。病気がちでもあった。小学校の低学年から中学年のときは、体調不良で早退することがしばしばあった。病気のときに寝た部屋に、このタンスがあった。
少し赤みがかった焦げ茶色。把手のところは、私が物心ついたときには金が少し剥げていた。
そうか。
模様は怖いが嫌ではない。いや、私は、このタンスのことが好きなのであろう。怖いけれど、病気のときに私を見守ってくれたタンス。私の生まれる前からあったタンス。
そうか。
このタンスは、私の母親の象徴なのかもしれない。そういえば、母の三面鏡の鏡台も、これと同じ模様だった。この鏡台も私は好きだ。
あぁ、父は亡くなり、母は年老いた。私は人生をやり直したいとは思わないが、もう一度、あの頃に戻りたいと思うことがある。このタンスをみるとそんな郷愁に誘われる。
私の人生のピークはいつだったのだろう。これからピークを迎えるとは思えない。ピークは妻との結婚だろうか。それともチューが生れたてときであろうか。ピークは妻との結婚であったかもしれない。あのときは仕事も順調だったからなぁ。
タンスよ、タンス。私がタンスの中には入れば、私は過去に戻れるのだろうか。今もこれからも私は精一杯生きるよ。幸せになるように努力するよ。そして、この世を去るときに、私はタンスの中に吸い込まれて行くのだろう。
(約1160字)
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