つれづれなるままに

教育や家族に関することを中心に書いていきます。

鎌倉源氏将軍が三代で絶えた訳を血統で考える~鎌倉殿の13人に便乗して😁~

源頼朝は、関東武士にはとても尊い血統の持ち主。つまり貴種。

父親は源義朝、母親は藤原季範の娘である。

 

 

さらにその祖先を辿っていくと武士から畏敬の念を持たれた源義家が登場する。

 

 

源義家は前九年の役で大活躍をする。義家を含めてたったの7騎が200騎の敵に囲まれる。馬に乗りながら弓を使って戦い抜いた彼は戦の鬼神である。

 

 

後三年の役では陸奧国の清原氏の内紛を陸奧守の義家が鎮圧したが朝廷はこの戦いを私闘し、義家に恩賞を与えなかった。彼はポケットマネーで部下に恩賞をやった。

 

 

頼朝の父方の系図を辿っていくと武士の中の武士にたどり着く。そして母親は藤原氏の出。貴族の中でも高貴な血筋だ。

 

 

そんな血筋の良い都育ちの御曹司が伊豆の田舎に来たら、そりゃぁ女子にモテるわよ😳💕。そして血筋という権威の前に日本人はひれ伏す。

 

 

父方も母方も高貴な血統であり、かつ、都育ちで官位もあったから源頼朝に田舎者の関東武士が従ったとも言える。

 

 

しかし源頼朝の子どもは、頼朝ほど血筋が良くない。というか、頼朝とは雲泥の差。

 

 

だって北条腹よ☝️😔。つまり御家人腹。母親が北条政子なんだもの。頼朝の子といえども所詮御家人腹なのよ。頼家の子どもとなれば、今度は比企腹の子。

 

 

純血高貴な源頼朝の血が頼家で御家人とのハーフになり、頼家の子の一幡や善哉はそのクォーター。これじゃぁ権威が駄々下がり😱。

 

 

その上、頼朝のように都育ちでもない。鎌倉育ち。つまり田舎育ち。そんな奴に自分にメリットがなければ従う必要はないとなるだろう😔。

 

 

源氏はただの御輿なら、その御輿の煌びやかさが代を重ねる毎に錆び付いてくるって感じかな🤔。

 

 

頼家は強硬路線で御家人を従えようとした。御家人といっても親の代で従った人たち。譜代の家臣ではない。だから従わないわよ👋。

 

 

頼朝様より高貴な血統がハーフになった奴は権威も感じない。そんなに威張るんなら、病気になったのを幸いに将軍を弟に変えてしまえ。

 

 

えっ❗️

頼家の子どもがいるだって❗️❓️😲

 

 

そいつは高貴な血統のクォーター。権威なんてないわ。そんな奴殺してしまえってなるだろう。

 

 

ここで言葉の定義👨‍🏫。

権威は自発的に従わせる力。

権力は強制的に従わせる力。

 

 

まぁ、ざっくりとね。

 

 

日本人は高貴な血筋、その最高の血筋は天皇家だが、そんな血筋にとても弱い。だって大河ドラマ「鎌倉殿の13人」をみている人は、源実朝が政治権力を行使するのは当たり前で、その権力を奪おうとする北条義時はダークで許せないって思っている人は多いと思う。

 

 

和田合戦の前回の私のツイート👋

 

つまり、源実朝が政治の実権を握るのは当たり前と思っている人が多いわよね。たまたま源頼朝の子として生まれただけなのに、御家人を束ねて自分の思い通りの政治が出来る力の根拠は何かしら❓️。

 

 

それは源氏の嫡流、遡れば天皇にたどり着く血筋だからってことよね☝️。

 

 

「ゆうさん、そんなの中世だからよ。ドラマだからそんな疑問がわかないのよ」って思ったら大間違いよ。

 

 

だってアホな世襲議員が多いじゃない🤭

たった3年半の失政に見限って、十数年の与党の失政を庇うじゃない。

「国民が政治家のオーナーだ」と主張する野党の党首を貶して、不正や疑惑のオンパレードで国民の生活が苦しくなっているのに増税と軍事費増額を企むカルト宗教の支援を受けている議員が多い政党を「野党がだらしないから」と言って支持し続けているじゃない🤣。

これは血統主義も絡んでいると私は思う。

 

 

日本を一旦滅ぼした戦前の政党の系譜である自民党を支持し続けて新興野党を毛嫌いするのは、どこの馬の骨とも分からない政党よりも長く続いた政党が安心という政党血統主義よ。きっとね😅。

 

 

この血統主義、もしくは現代の疑似血統主義があるかぎり、日本に真の民主主義は根付かないというのが私の考えよ。私は天皇好きだけれど天皇制が残り続ける限り無理ね。

 

 

平成28年の8月8日に平成の天皇陛下の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」が放送されて、生前退位の流れが作られた。

 

 

このとき、ビックリしちゃったよ。「あぁ象徴が意思を表明しちゃったよ」ってね😱。

 

 

象徴とはシンボル。

天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と憲法で規定している。だから天皇陛下は日本の国土、日本国民、日本の風土、日本の文化、日本の歴史、日本の精神、全てを表しているということよ。

 

 

例えて言うと学校の校章よ。校章は学校のシンボルよね。社章もそう。天皇は日本の国章であると言って良い。

 

 

そのシンボルが意思を表明し、皇室典範の規定を変えてしまった。公務が辛ければ摂政という制度があるのだからそれを使えば良い。そうしないのは、私からしたら我が儘。

 

 

話がずれちゃった😅。

 

 

尊貴な人の言うことで今までのルールを変えちゃうんじゃ、民主主義には程遠い。

 

 

その点、アメリカはって、ここは日本じゃいとも思うが、まぁ聞いてよ。アメリカは民主党と共和党がほぼ交互に政権を担う。アメリカ人にも極論をいう人はいるが、国としてはバランスがとれている。日本人は血統主義のためバランスが良くない。

 

 

話を戻すわ😅。

 

 

幕府は朝廷の権威を借りようとしたのかもしれない。後鳥羽上皇の従妹である西八条禅尼を三代将軍実朝に娶らせた。源頼朝も自分の娘である大姫を天皇(後鳥羽)に嫁がせようとした。天皇の血筋にたよったのよね。

 

 

日本人の血統の尊貴は天皇家の血の遠近で決まる。源平の祖先をたどればどちらも天皇にたどり着く。

 

 

関東武士は、自分達が推戴する者は「源氏」の貴種でも良いが、皇室や藤原でも構わないが。構わないどころか、血筋が高貴だから皇室や藤原の血筋の者を鎌倉殿とする。

 

 

源氏将軍が絶えた後、第4代藤原頼経と第5代藤原頼嗣が藤原将軍である。

 

 

そうそう、今、私はスラッと「絶えた後」と書いたけれど、この表現には違和感があるのよ。だって源氏二代将軍源頼家は息子一幡を殺され、自分も北条氏に殺された。三代将軍源実朝は頼家の子である公暁に暗殺されたが、まぁ、裏で誰がが糸を引いていただろうし。だから「源氏が絶えた後」ではなく「源氏を絶やした後」よ。

 

 

これも日本人アルアルよ😄。他動詞を自動詞にしてしまうのよ。それで本質を見えなくするの。もっとも象徴的なのは「消えた年金」という表現。知らない人はググってね。これは政府(行政)が「消した年金」よ💢💢💢。

 

 

実朝を殺した黒幕は北条の専横を苦々しく思っている公暁の乳母夫・三浦義村かもしれないし、後鳥羽上皇かもしれない。いや黒幕なんかおらず公暁こ独断かもしれない。いや、鎌倉御家人の総意だったかもしれない。

 

 

実朝に子どもが生まれないため、朝廷から親王(天皇の息子・皇子)を将軍として迎え入れる調整までしていたのに、この暗殺事件で頓挫した。

 

 

しかし、その後、朝廷と幕府の関係は悪化し幕府内部も混乱したのだろうが、実朝が殺された後、大きな内部抗争になったとは聞かない🤔。実朝の遠い親戚である源頼茂が空位になった鎌倉殿の座を「俺こそ源氏の嫡流」と言って謀反を起こしたぐらいか🤔。

 

 

なんかね。実朝の暗殺って、関東武士、つまり関東の御家人の総意のような気がするのよ😱。

 

 

確かに源氏の公暁が将軍を殺したんだけれど、その黒幕探しをしたとは聞かない。憶測が憶測を生んで御家人同士で戦になってもよさそうだけど、そんな戦になったとは聞かない。

 

 

それに鶴岡八幡宮の祭神は、大15代応神天皇、比売神、神功皇后なのよ😲。

 

 

鶴岡八幡宮は源頼義が京都の石清水八幡宮護国寺を鎌倉に勧請したことから始まる。八幡宮は応神天皇を祭った神社だ。天皇を祭る神聖な場所で後鳥羽上皇の信頼する実朝を殺した。この意味は大きいと思う。朝廷への宣戦布告と言うのは言いすぎかしらね😅。

 

 

三代将軍実朝が暗殺されたのは1219年1月27日。四代将軍藤原頼経が将軍に就任したのは1226年1月27日。その間7年間将軍は空位だった。その後、四代~五代は藤原氏、六代~九代は皇族が将軍になった。つまり征夷大将軍は源氏でなければならないという不文律はないとも言える。

 

 

高貴な血筋を頭に据えて実権は北条が握る。でも、その北条氏の内部でも同様なことが起きる。

 

 

得宗北条氏の長はお飾りになり、北条氏の執事である内管領が権力を持つ。

 

 

将軍が権威になり執権が権力を持つ。今度は執権が権威となり、北条氏の執事である内管領が権力を持つ。

 

 

権力者の権力を奪い権威化し権力者となるが、その権力者も権力を奪われ権威かするのは日本史の特徴よ☝️。

 

 

自分にとって高貴な血統を頭にしないと落ち着かないのよね。高貴な血筋の大元は天皇よ。血の家元制よね。浄土真宗も親鸞聖人の血統を重視しているわ。

 

 

高貴な血筋が薄れると混乱する。

 

その混乱を避けるため天皇家は「宮」制度を作った。天皇家と平行して血筋が守られるのよね。臣籍降下したら価値がなくなる。

 

 

それを真似たのが徳川家康。西が天照皇大神の末裔なら、東は自分が東照大権現となりその神の子孫が日本を統治する。そしてその血脈を維持するのに役立ったのが御三家という制度よ。

 

 

朝廷が天照(アマテラス)で宮制度

幕府は東照(アズマテラス)で御三家制度

 

 

家康は勉強家で歴史好き。源頼朝を尊敬し、鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」を愛読していた。江戸幕府は幕府政治の完成形とも言える。

 

 

話がまたそれたわ😅

 

 

言いたかったことは、歴史を血統でみるとまた新たな視点が持てるということよ。そして鎌倉源氏将軍が三代で絶えた原因は、河内源氏の源氏の嫡流のしての尊貴性が御家人の血と交わった上、田舎育ちになったことかもしれないと、うだつの上がらない50歳塾講師の勝手な見解よ😎。

 

 

私のブログは参考文献がないか過去に読んだ本の記憶を辿って自分の見解を書いているから、トンデモ本、いやトンデモブログよ😎。

 

 

でも源氏の嫡流が御家人を母親にしてハーフ、クォーターになって権威が下がっていき御家人が頼朝に対してのように言うことを聞かなくなったなんていう説は読んだ覚えはない。私の思い込みか、どなたか同じ説を唱えているのか。そこまで調べる気力はない😁。