つれづれなるままに

教育や家族に関することを中心に書いていきます。

「お大事にね」って同居の家族に使う言葉かしら🙄

腰をやってしまった😱。

 

 

原因は分からない🤷‍♂️。

 

 

寝たりしゃがんだりするとキリリとくる。立ち上がってもキリッとくる。寝た状態から起き上がると腰が痛くて一苦労😣。寝ているときも調子が悪い。寝返りを打つのも腰にくる。

 

 

歩いていると調子が良いが、下のものを取ろうとすると、これまたキリリとする。

 

 

先週の月曜日に行った整体が悪かったかなぁ🤔。

 

 

でも、腰が痛みだしたのは金曜日なのよ。整体に行ってから日が空いている。

 

 

この整体には10年以上通っている。腕の良い先生だ。今回の腰の痛みの原因を月曜日の整体に求めるのは濡れ衣だろう🙄。

 

 

原因が分からないのよね🤷‍♂️。

 

 

会社でも腰が痛くて仕方がない。歩いていると楽のだが、座ると違和感がある。

 

 

日月休みなので休日に開いている整形外科を探したが、予約制だった。

 

 

ネットで病院に自分の氏名を登録した。そして、予約をしようと空き状況を確認すると、空きが来週の水曜日だった😥。

 

 

仕事があるのでこれは無理だと思って、予約せずに会社に行った。

 

 

この日は3教室を回る日だ。電車を乗り継ぐ。

 

 

駅でLINEを開けると、妻からLINEに着信の跡があった。

 

 

何だろうと思って電話をすると、「日曜日に開いている病院があったので、日曜日の午前中に予約しておいたよ」とのことだった。

 

 

予約してほしいと頼んでいなかった。妻は私の腰の具合を心配して、予約してくれたのであろう。感謝、感謝😆💕✨。

 

 

電車に乗っていると、病院から予約確認のメールが届いた。そのメールには

△△様

ご連絡有難うございます。

 

 

令和3年9月19日(日)の受診希望について承りました。

 

 

午前での対応は困難であるため、午後2時以降でご来院下さい。

 

 

既存の予約患者の関係上、お待たせする時間が発生すると思われますが予めご了承下さい。

 

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

◯◯病院 □□

 

 

□□と対応者の名前まで書いてあるので丁寧だなぁと思いつつも、午後に病院に行くのは億劫なのよね😅。

 

 

こんなメールを妻に送った。

予約ありがとう。明日の午後2時に医者に行ってみます。

 

 

午前中に予約したのが午後になるというメールが病院から届いたので病院に行くかどうか迷いました。

 

 

今日、教室間を移動し歩いているうちに、腰の痛みが和らいできたのですが、やはり予防の意味を兼ねて、行ってきます。

 

 

そしたら妻からの返信は

おだいじに😃

だった😅。

 

 

なるほどなぁ🙄。

 

 

時々、妻の言葉に違和感を覚えることがある。妻からしたら、私の言葉遣いに違和感があることもあるだろう🙄。

 

 

「お大事に」って、基本は一緒に住んでいる家族には使わないと私は思うのよ🤔。

 

 

病気になって寝込んでいる自分に家族が「お大事にね」と言ったら、何か他人行儀で突き放された感じがしないかしらね😅。

 

 

こんな場面だったら良いのよ。

単身赴任で家を出る夫に妻が「お大事にね」と言うのには私は違和感がない。

 

 

う~ん🤔

 

 

「お大事に」という言葉は、普段会わない人に対して使う言葉じゃないかしら。普段会っている家族に「お大事にね」と使うと、「あなたの面倒はみないからね。自分で何とかしてね。」という風に捉えられてしまうのかしらね🙄。

 

 

いや、妻の今回のケースでは、私に「おだいじに😃」と言うにいたる経緯がある。

 

 

私に頼まれなくても、私のためにわざわざ病院の予約を取ってくれたのよね。その経緯があるのにも関わらず、「おだいじに」という言葉のみで解釈したら、それはロボットだろう。

 

 

いや、ロボットは言いすぎかもしれない。この、その言葉にいたる経緯を踏まえて、言葉を解釈することが、言葉の最も難しいところだ。

 

 

男女の愛の語らいで

👩「好きよ」

👨「バカだなぁ」

👩「バカとは何よ💢😠💢」

とは、ならないだろう。

 

 

シチュエーションにもよるが、この男性の「バカだなぁ」は、「バカだなぁ。そんなことを言わなくても分かっているよ。俺も愛しているよ。」だよね。

 

 

👧「この問題が分かりません。」

👨‍🏫「バカだなぁ。」

このバカは不味いだろう。言ってはいけない。

 

 

同じ「バカだなぁ」という言葉なのに、意味が異なる。

 

 

AIにどんなに情報を入力しても、経緯や背景による言葉の意味の変化を全て網羅できないだろう。アスペルガー症候群は、ここが苦手なのだろう。

 

 

何かね。このように考えると、アスペルガー症候群って、少なからず誰でも当てはまるかもしれないなぁって思ったのよ🤔。

 

 

アスペルガー症候群の人が苦手とするものは「他人の情緒を理解すること」と「言葉やジェスチャーの裏に隠された意味を理解すること」だそうだ。

 

 

社会生活に支障をきたすのは障害だとは思うが、これってかなり高度なことだとも思う。

 

 

さて、言葉は記号か🤔。

 

 

 1という数字には1つと言う意味がある。1には「1」という1つの意味が当てられると考えてよさそうだ。
 
 
「=」だったら、「右と左の関係は等しい」という意味が当てられるだろう。
 
 
交通標識もそうよね。

⛔️🚫🚳🚸。
 
 
1つの記号に1つの意味となっていると考えて良いだろう。
 
 
しかし、言葉はどうか🤔。
 
 
「面白い」
 
 
「面白いね~」と言っても、そこには本当に面白いと思っている場合と、「ハイハイ、面白いね」とつまらないので早く切り上げたいという気持ちがある場合がある。
 
 
イントネーションや表情や仕草、その場の空気で言葉の意味が変わる。
 
 
「面白くない」も同じ。
 
 
これは「面白い」と「ない」という2つの単語からできた言葉だ。「ない」とは普通は否定の意味を持つ。
 
 
「面白くない⤵️」と「面白くない⤴️」と言うように、語尾の上げ下げで意味が変わってくる。
 
 
「愛」だの「正義」だの「平和」だの「戦争」だのと言ってみても、人それぞれ受け取り方が異なっている。
 
 
「愛」と聞いて、素晴らしいとか素敵だと感じる者がいれば、胡散臭いと感じる者いる。
 
 
どんなに言葉を紡いでも、自分の意図したことを正確に相手に伝えるのは至難の技なのだ。
 
 
母国語が同じ者同士でも難しいのだから、歴史や文化が異なる外国語を話す人と理解を深めるのは困難を極めるのだろう。
 
 
同じものを見ているのに、同じ言葉を使っているのに、みんな同じではないんだなぁ。

 

 

何て小難しく考えず、頼まれていないのに私のために病院の予約を取ってくれた妻の「おだいじに😃」には、素直に「ありがとう」と答えれば良いだけよね😅。

 

 

めんどくさい男だなぁ😎。