つれづれなるままに

教育や家族に関することを中心に書いていきます。

左脳的右翼~今更ながら安倍元首相の国葬について考える

ツイッターではバンバンと自分の考えをツイートしてきたけれど、私の考えを整理してブログにしておこうと思う🤔。

 

 

まぁ、私も素人よ😅。思い違いはある。このブログを読む人は、その点も含んでおいてね😉✨

 

 

一国の首相を勤めた人が暗殺された。民主主義国家、その上、民間人が武器を持たぬ日本で起きたということに衝撃的だった。

 

 

安倍元首相は長期政権を担い海外にとても顔が広い。また開発途上の国々への支援を積極的に行ったことなど海外からの評価はとても高い人物だ。だから海外の要人の弔問客も多いだろう。そういう方々を国を挙げて迎えるという意味においても国葬を行う意義は大きいだろう。

 

 

ツイッターの中でご老人がコンコンと国葬の意義を説いていた。そんなことは分かっている。私もこの意味においては国葬に賛成なのである。しかし私は今の状況下での国葬の実施には反対なのだ。

 

 

安倍元首相の政治信条が私の信条に反するからではない。

 

 

確かに私は彼の政治信条や政治姿勢に否定的である。ここは反論がある人もいるだろう。反論があっても良い。私はその反論を承認するが承諾はしないとしておこう。

 

 

彼の政治信条の根底には改憲がある。日本国憲法を蛇蝎のように嫌い、先の大戦の指導者をも慈しめというような発言をしている。私は先の大戦の犠牲者を慈しむことは出来るが、指導者は慈しむことはできない。それは政治的な判断を誤り国を滅ぼしたからだ。

 

 

彼はその政府の系譜だからあのような信条なのかもしれない。

 

 

また、彼は、日本国憲法はアメリカに押し付けられた憲法だという。

 

 

これは「誰に」押し付けたのかが重要なのだ。日本国憲法は「日本国民」に押し付けたのではない。「日本『政府』」に押し付けたのだ。

 

 

大日本帝国憲法は君主である天皇の権力も憲法の枠内に押さえ込む働きがある。天皇機関説は昭和天皇も認めたと聞いたことがある。それを軍部が天皇大権を拡大解釈をして統帥権などというものを持ち出した。いや、統帥権の干犯などというものを政治問題化したのは犬養毅や鳩山一郎だ。彼等の罪も重い。

 

 

戦後間もない頃の日本人は、日本国憲法を歓迎したのだ。歓迎しなかったのは当時の政府なのだ。その筆頭が安倍元首相が敬う祖父岸伸介だ。彼の満州国での行い、そしてGHQの取り調べに対する弁明など語りたいことはたくさんあるが省く。

 

 

そういう政治信条に加えて、安倍元首相の人間性も私は好まない。

 

 

1つ例を挙げよう。

 

 

それは公文書が紛失したときに「障害者枠で採用した職員が文書をシュレッダーした」と答えたことだ。彼の人間性を語るエピソードは他にもたくさんあるがこの1つで十分であろう。

 

 

安倍元首相の政治信条も人間性も私は否定的だが、しかし、それが私の国葬に反対する理由ではない。

 

 

私が反対するのは、国葬の実施の決定のプロセスに民主主義として瑕疵があるからだ。

 

 

国葬に関する直接的な法律はない。他の法律を強引に解釈したのだ。国葬をする際の基準もない。議会にかけて審議したものでもない。

 

 

民主主義は「プロセス」が大切だ。どう決めたかが大切なのだ。

 

 

そしてツイッターの中で老人が動画で説明をしていた国葬の意義は民間人ではなく政府が説明するのが筋である。政府はその説明責任も果たしていないと私は思う。

 

 

あるフォロワーの「国葬は決まったことです」というツイートを見て怒りがわいた。

 

 

自分の意に沿う決定なら決定の過程は問わないというのは傲慢である。私は自分の意に沿う決定でも決定の過程に瑕疵があれば反対し、意に沿わない決定でも決定の過程に瑕疵がなければ賛成する。民主主義は決定の過程が大事なのだ。法を強引に解釈し過程を無視した、国葬は決定していても反対する。それが無駄でも。

 

 

今、国葬に賛成している人は、民主主義の大切さが分からないのだ。一部の者が主権を独占し自分に都合の良い政治をしていたのを、国民全員が主権を持ち政治に参加することの大切さ。一方で、主権者としての重い責任もあるがそれを日本人は果たしていない。それは歴史的に見て、勝ち取ったものではなく与えられたものだからだと私は考える。

 

 

どんなに正しいことであっても政府がやることは法律と正しいプロセスが必要だ。

 

 

そして安倍元首相の暗殺後に明らかになった旧統一協会との癒着。

 

 

虫酸が走った。

 

 

たしかに、政権維持にはダーティーな組織との付き合いは必要悪だ。でも日本を侮蔑する組織と日本の国会議員が付き合うのはダメだ。そういう者と手を組む輩は売国奴だ。自民党が売国奴党に見えてしまうのが残念だ。天皇を国家元首にしようとする政党の議員が天皇と日本を侮蔑する宗教と結託している事が私には許せない。安倍元首相もその宗教に好意的なメッセージを送った。

 

 

安倍元首相が殺されなければ、旧統一協会が政権党に食い込んでいることが明らかにならなかった。

 

 

と言うと、安倍信者さんは「テロを肯定する気か」と怒る。「テロがないと暗部が明らかにならないのは民主主義国家としての危機だ」と言うことよ。それは不味いでしょ。あんな酷く民主主義の根幹に関わるテロのようなことが起きなくても明らかになり国民が自浄しないといけない。

 

 

右脳的右翼は短絡的なのよ…。

 

 

彼は多くの国々にから評価されていると讃える人が多い。しかし、それは多くの国々にとってメリットがあったということで国民にとっては良くないこともあり得るのよね。

 

 

彼の国家観は素晴らしいものだと寄稿した著名人がいるそうだ。

 

 

しかし、旧統一教会と持ちつ持たれつの関係だったならば

何が素晴らしい国家観か

何が美しい国か

何が誇れる国か

何が諸外国から讃えられているか

右翼なら怒れよ。

右翼は理屈じゃない。

感情だよ。

私でも憤るのに右翼は自民党の現状に憤らないのか。

 

 

政治で天皇を崇めたり日本を愛したりする事はいつの時代も建前ね。日本を侮蔑する組織に友好的なメッセージを贈る人を私は追悼しない。追悼しない者を日本人じゃないと言うのなら追悼する方こそ日本人じゃない。

 

 

これは売り言葉に買い言葉よ。

 

 

という憤りがあっても私は国葬には賛成するが、国葬の決定の仕方は承諾できないので、今のままでの国葬の実施には反対する。

 

 

私は右より思考

立憲君主国家に賛成しているし天皇を敬愛する。自衛隊員を尊敬するし、自衛隊に関することを憲法に載せた方が良いとも考える。英霊にも敬意を払う。

 

 

さて先日靖国神社を参拝した。私は神社で拝むときは二礼二拍手して「こんにちは」とだけ念じて一礼する。しかし、今回の靖国神社参拝では二礼二拍手後、住所と氏名を伝えてから日本の現状を報告してきた。

 

 

野党も同じじゃないかという人がいる。

 

 

そこじゃない。

 

 

天皇を元首にするとか美しい国とか誇れる国にすると言いながら、実は日本を侮蔑する組織に讃えるメッセージを送って付き合っていたことが問題なのだ。

 

 

自民党の議員で靖国神社に参拝する資格がない人が多いんじゃないかな。安倍元首相を靖国神社に祭るのは、私はとんでもないことだと思う。なぜならあのような組織と付き合いがあったのだから。

 

 

 

自由民主党という名前は羊頭狗肉だと私は考える。党名を「不自由 党主党」に変えたら一貫性があるから支持するかもね。

 

 

 

私は旧統一協会との付き合いのある自民党議員で「右翼」と名乗っている人は「エセ右翼」であり、「売国奴」に近いとさえ思っている。あんな教義を読んだらその宗教に近づきたくもなく、日本国内から出ていってほしいとさえ私は思うからだ。

 

 

生粋の右翼なら、今の自民党を支持しない。それならどの政党に投票するか。

 

 

 

私は自民党、いや、自民党と連立している政党やすり寄っている政党以外の政党ならどこでも良いと思っている。

 

 

 

この現状には無党派で選挙を棄権している人にも責任がある。

 

 

 

投票率を90%以上にしようよ。いや、それで今の政権党が大勝しても構わない。大勝の意味合いが変わるのよ。今は組織票に左右された当落が、組織票が意味を成さなくなるのだから。大勝しても、失政すれば次は大敗の可能性があり、政権党に緊張感をもたらすわ。

 

 

だから政治家の旧統一協会をはじめとする構成員が多く票を持った組織との癒着は、選挙を棄権する約半数の国民が原因だとも思っている。

 

 

 

さて、これがなぜ左脳的右翼なのか。その説明は省くわ。左脳的右翼の思考をこのブログで堪能してね😁

 

(お断り)このブログは私の考えに反対する人を説得するために書いたものではありません。反対者がいても嫌悪感を持つ方がいても良いし、その人の考えや感情を否定しません。また私も自分の考えを変えるつもりは全くないので議論は無用です。共感者や同意見の人がたくさんいたら嬉しいもいう気持ちで書きました。