つれづれなるままに

教育や家族に関することを中心に書いていきます。

テラスハウスとロンドンハーツの共通点~コスチューム事件でネットリンチとは・・・。木村花さんの死を悼む。~

人の心の裏側を見て、楽しんでいることも疚しいことではないのかな❓😣

 

ワイドショーや芸能週刊誌が流行るのも、人の裏側やスキャンダルを見たいという人の負の好奇心も原因だと思うのよ😔。

 

先日のロンドンハーツのパンサー尾形さんに対するドッキリは、見終わって私は気持ちが暗くなった。詳細は省く。気になる人はネットで検索してみてね。

 

人の心を玩んでいる。

仕掛人たちはニヤニヤと尾形さんの本性をモニターで見て笑ったり、非難したりしている。そして、尾形さんに謝罪するときもニヤニヤしている。そして、視聴者もニヤニヤしている。私はうつうつとなった。だからって見ていることには変わりなく、それが免罪符にならないが。

 

尾形さんが「俺の姿を影で見ていたんですか?。あなた達、どういう感覚なのですか。」というようなことを言って怒った。当然であろう。

 

こういったドッキリには演出もあり、騙される方にもメリットがある。また、途中からどっきりに気づいてそれに乗っかることもあるので、あまり本気になって見るものではないが。

 

日常の生活や恋愛をリアルに描く番組もある。その1つがテラスハウスという番組だそうだ。若い男女の共同生活と恋愛のリアルを描き出すリアリティーショーだそうだ。

 

そこに出演していた女子プロレスラーの木村花さん自死の報道があった。まずはお悔やみ申し上げたい。

 

その報道を最初に見たとき、「美人で才能のあるプロレスラーが、なぜ自死を選ばなければならなかったのか」とまず考えた。そして、その痛ましさの原因を知りたかった。

 

彼女は、その番組での言動が炎上し、それを苦にして自死したそうだ。

 

私は、どんな番組か調べてみた。

 

私はこの番組を実際に見ていない。ネットの情報だけの私見だと前置きしておく。

 

共同生活をすれば軋轢は生まれるのは当然である。その共同生活の軋轢の原因は何か、そしてどちらが正しいとかどちらが間違っているかは、当事者が決めることだと私は考える。

 

花さんが洗濯機にプロレスのコスチュームを入れっぱなしにした。花さんが恋心を寄せている男性が洗濯機に彼女のコスチュームが入っているとは知らずに、洗濯して乾燥機にかけた。そしたらそのコスチュームが縮んでしまった。それを花さんは激怒して、その男性がかぶっていた帽子をはね飛ばすなどした。

 

う~ん。

この木村さんの言動は確かに理不尽だ。しかし、その様子を高みの見物をしている視聴者は、木村さんに匿名で罵詈雑言浴びせてはいけない。

 

彼らは他人に罵詈雑言を浴びせることができるだけ、品行方正なのだろうか。他人をそんなに非難するだけ立派な生活をしているのだろうか。

 

「私は相手に罵詈雑言を浴びせるだけ品行方正だ」と言う人がいたとしよう。私はその人にこう言い返すだろう。

 

「自分とは何の関係もないテレビの、それも『ショー』の出演者に、SNSを通じて直接罵詈雑言を浴びせた時点で品行方正だとは言えない」と。

 

いや、批判をしてもよい。だってそれがテレビの反響なのだから。自由闊達に自分の思いや考えを言い合うことは正しいことだ。しかし、今回のケースは、それが行きすぎているということよ。程度の問題だよ。そして、人格攻撃になった点が最も良くない。

 

木村さん個人のアカウントに直接ツイートで罵った者もいるという。母親のアカウントにも罵詈雑言を浴びせたとか。

なんと卑劣な!

 

それに彼女をかばう発言をした人も非難したという。これが本当なら、ホント取り締まってほしい。

 

もし私が昨年の12月にツイッターをやめていなかったら、そして木村花さんの状況を知ったら、彼女をかばう発言をして、炎上したかもしれない。なんと怖いことだ。

 

このブログも炎上するのかしら。私だったら、そく警察に届ける。

 

しかし、警察がこの手の事件に消極的なのは、経験している。ホント、どこの警察署かさらしたいくらいよ。その顛末はこちらのブログ。

警察官にとっては不正アクセスやアカウントの乗っ取りは些事なのだろう。いちいち調書を取っていたら業務が進まないのだろう。

 

本当はその警察官の名刺をもらおうとしたが、警察署の、それも個室。彼がでっち上げようとすれば何でも可能になるので、恐ろしくなって退散した。相談する際は個室に行かず、人がいるところが鉄則なのかもしれない。もしくは録音機を潜ませる。警察官にはお世話になっているが、不信感がかなり増したわ。

 

私生活には、理不尽なこともある。理不尽なこともする。誰でも心当たりがあるだろう。私にも心当たりがある。

 

共同生活をしていたら、さらにそういう場面に出くわすことが多くなる。

 

私自身も相手に理不尽なことをしてしまうこともある。理不尽な考えを持ってもいる。その誰もが持つ人間の理不尽さを、糾弾できる人はいない。それは造物主のみである。

 

恋愛が絡んだら尚更だ。恋愛には理不尽はつきもの。誰にでも理不尽な感情を持ち、理不尽な行動をする。

 

その理不尽さに腹を立て、喧嘩できるのは当事者のみだ。笑ったり、怒ったりして見ている第三者が、そのリアルに介入する資格はない。いや、あれは本当にリアルだったのだろうか?

 

彼女のあの言動が死を選ぶほど炎上するのなら、ネットリンチに遭うのなら、私たち夫婦の喧嘩を「リアルクワレル」として放送されたら、私も妻も炎上するだろう。そういう喧嘩をして、自分と相手の常識をぶつけ合い、調整しながら生活するのが共同生活なのだ。

 

いや、この番組はリアルではない。これはリアリティーショーだ。「リアリティー」な「ショー」なのだよ。リアルではない。そこには演出もあり編集もある。番組を制作する側の意図が大きく影響している。

 

よく、「そういった番組に出演するのが悪い」という意見もある。

 

世間にさらされる番組に出る。

それは出演者の意思である。

そこでの言動が炎上して、自死した。

これは出演したのが悪いのか。いや、そんなことはないだろう。

 

では、聞こう。

満員電車に女性が乗った。

これはその女性の意思である。

そこで痴漢に遭った。

これは満員電車に乗った女性が悪いと言えるのか。悪いのは痴漢であろう。

 

炎上するようなことをする方が悪いということも多々あるが、この木村さんのケースは木村さんに炎上の非は全くないと私は考える。だって普通の喧嘩よ。

 

えっ❗️❓

カメラが回っていることを意識せず喧嘩した彼女が悪いって❓

 

生放送ではないのよ。編集しようとすれば編集できるのよ。それを編集しなかったのが悪いんじゃないのかしら。素人同然の彼女にリアリティーを求めている番組制作に問題があるわ。

 

それに、こういうことを炎上させるリテラシーの欠如した奴がいることは想像できる。非は、炎上させた視聴者と、番組制作者達だと考える。

 

リアルを追求するのは良いことだ。しかし、全てが良いことではないのかもしれない。

 

ロンドンハーツは、芸人の本音や裏側を見せて、笑い者にする。仕掛人となる芸人や、今回テレビ局の役員となったプロデューサーはいつも安全圏にいる。自分は安全圏にいて、格下の芸人を危険にさらして金を得る。それを見ている私も含めた視聴者も同じ穴の狢。

 

でも、芸人は、その炎上をも自分の糧にし笑いにする。「芸人はゲスで結構」という暗黙の了解がある。その暗黙の了解の上で、やっている。

 

今回の木村花さんは、炎上を覚悟していたのか。少なくとも、放送前に、番組制作スタッフは彼女に炎上を覚悟させたのか?

 

それはなかったと考える。結果がその根拠だ。覚悟させていたとしても、そのフォローは充分ではなかったろう。

 

それに、彼女のしたことは「ゲス」ではない。感情的になれば誰でもあり得ることである。「良いか悪いかは0が100だ」という考えだって誰でも持ち得る考えである。

 

最も悪いのは、SNSで罵詈雑言を浴びせた人たちであることは当然である。自死が報道されると、ツイートを削除したのだとか。卑劣きわまりない。

 

しかし、この卑劣きわまりない者がいることも人の世である。卑劣きわまりない者に「卑劣きわまりない」と言っても虚しいだけだ。こういうものを取り締まる強権的なものが必要であるという思いも沸き上がる。

 

言論の自由をなくす者は権力者だけではない。こういった卑劣きわまりない小市民が自由を奪う原因となる。

 

私の義憤は、テレビ番組制作スタッフだ。それに炎上を煽ったものだ。あのコスチューム事件を放送すれば、炎上することは当然予想できただろう。テレビ局もそうだ。モニターを見ながらコメントをしているタレントにも、この事件の責任はあるだろう。

 

ロンドンハーツは、芸人というテレビにおいては玄人を使っている。ナダルさんは、ゲス芸人と言われても、そのゲスを売りにして、芸能界に生き残っている。炎上してナンボという面があるのかもしれない。ロンドンハーツは少なくとも、制作者や企画側と、使われる格下芸人との間にウィンウィンの関係が成立しているようだ。

 

しかし、テラスハウスは、少なくとも木村花さんとは、炎上してもウィンウィンの関係であったのかは疑問である。

 

女子プロレスラーは、プロレス界では玄人でも、芸能界では素人である。レスラーとしては強いのかもしれないが、22才のまだ大人の仲間入りした娘である。

 

番組スタッフに、出演者に対する愛を感じない。素人同然の人を炎上させて、高視聴率を狙ったとしか私は考えられない。だって、編集ができたのだから。もしくはあの放送に対してフォローを入れられたのだから。今回の結果を見れば、フォローはなかったと言わねばならない。

 

彼女も人の子。親がいる。そして友達もいる。先輩もいれば後輩もいる。彼女を慕う人たちもいる。そういう背景がある彼女を、見も知らずの他人が人格否定するような言葉を投げ掛けるなんて。そして、テレビ局も番組制作陣も、そういう愛される人の子を預かっているという意識が欠けている。

 

ここが悲しい。

ここが憤る。

 

人を視聴率ゲットの物としてしか見ていないのかもしれない。

 

ロンドンハーツのあのプロデューサーもいつも仕掛人になるあの芸人も、そしてあの腰巾着芸人も、安全圏に身をおいて、笑っている。視聴者もそうだ。

 

テラスハウスの制作者も視聴者もコメントをする出演者も、安全圏に身を置いている。

 

そして炎上の危険性にさらされているのは、格下の芸人であり、リアリティーショーの出演者なのよ。

 

ロンドンハーツよ。

ビートたけしや、タモリといった大物お笑いタレントに、どっきりを仕掛けてみろよ。ダウンタウンの浜ちゃんに卑劣などっきりを仕掛けてみろよ。そういわれたら、「番組の企画の趣旨と異なる」と言い訳をするだろう。でも、彼らにはできないだろう。弱いものいじめに近い企画しかできないのだから。

 

SNSで罵詈雑言を言ったものたち。失言した政治家や、疑惑だらけの政治家のアカウントに同じように罵詈雑言を浴びせられるか。やくざのアカウントにそういうことができるか?それも匿名ではなく、実名で。

 

政治家に対してでもやくざに対してでもそんなことをしてはいけないが、それであれば、芸能人にもしてはいけない。いや、誰に対してでもしてはいけない。

 

あのテレビ局の役員待遇になったプロデューサーは、自分の企画意図通りにどっきりに引っ掛からない中堅お笑い芸人を睨み付けた。おい、プロデューサー。それを大物芸人にやってみろよ。ホント、このような彼を役員待遇にしたテレビ局のモラルを私は疑う。

 

良いのよ。違法じゃないし、そういう番組を作るのは表現の自由だから。でも、そういう人が役員待遇を受ける会社は、私の良心とは異なる。

 

まぁ、彼らは良心を売って視聴率に変えているのだろう。麻痺しないように祈る。テレビマンにこのような麻痺が進むと、テレビ番組で、同じような悲劇がまた生まれるだろう。

 

教育業界もスポーツ界も政界も司法界も、いや、私が生業としている塾業界も、モラルに反する人が大きな権力を持っていることがよくある。このテレビ局だけを責められぬ。日本の病理かもしれない。

 

敵役は、昔より難しい。昔でさえも、映画やドラマの敵役の子どもはいじめられたとか。今はネットがありSNSがあり、演技と真実を同一視してしまうリテラシーの欠けたネットの妖怪の餌食にされてしまう。

 

著名人はSNSで誹謗中傷する者共を非難することに終始している。いや、そういう人をドンドン非難した方がよい。

 

しかし、その非難と同様の非難を番組制作者にもテレビ局にもしないのが不思議だ。テレビ局にはお世話なっているからできないのだろうか。

(ブログを書いていたときのもので、最近はテレビ制作者やモニターでその様子を見て煽ってきた者に対する言及をし始めている。)

 

テレビ局が、ショーやバラエティーにリアリティーの追求するのは、視聴率を取りたいがため。ノンフィクションや報道であれば、リアリティーではなく、リアルが求められる。

 

この事件は、刺激バカ、もしくは無限に刺激を求める妖怪となった視聴者に、さらに刺激を与えて視聴率を上げて儲けようという、利益至上主義、結果至上主義がもたらした悲劇ではないかと考える。事務所の無慈悲な対応に、自死を選んだ未成年アイドルもいた。若者が大人のエゴに潰される。

 

このテリー伊藤さんの発言が、テレビ業界の常識を象徴しているように思う。

テリー伊藤さんが、東出さんと唐田えりかさんの不倫騒動について、他人が口出しすべきではないと言うタレントに対して「番組で言うんだったら、これやってるのはテレビ局だ。だったらその番組出なきゃいい。そのくらいの気持ちを持たないと」と語った。「これってドキュメンタリーバラエティーですよ。おもしろいからやってる。どう考えたって誰も東出のこと考えてないんだから」と続けた。

テリー伊藤 東出不倫批判… (デイリースポーツ) - auヘッドライン - auサービスTOP https

 

この発言について言及したブログはこちら。

 

私とは縁もゆかりもない女性の自死。しかし、その自死が、私の胸に突き刺さる。

 

それは前途有望な若者が、卑劣きわまりない人々に摘み取られてしまったという憤りと、大人のエゴの犠牲となった悲しみである。そして、その卑劣さは、私や私の家族にも向けられる可能性があるという恐ろしさである。

 

私も、人の裏側を覗き見て、笑ったり怒ったりして楽しむ卑劣な人間であることを自戒する。
 
卑劣な番組も見てしまう嫌らしさもある。だから、リテラシーを意識しよう。全てが品行方正だとしたら、それもまたは息苦しい。しかし、人の欲は際限がない。


明日は我が身。

 

それは卑劣なものたちから私が攻撃をされるということだけではない。

 

それは私が卑劣者になり、相手を攻撃する者になる可能性もあるということだ。

 

今回、木村花さんに卑劣な行為をした者達を許さないということは、自分がそういう人にならないように努力するという自分に対する戒めでもある。

 

他人事と思うなかれ。

明日は我が身。

 

そして、犠牲となった方をただただ悼む。

 

安らかに。

貴女は愛されていたんだよ。

だって貴女の死を悲しみ、そしてその原因を作った者に対して憤っている者がこんなにもいるんだよ。これが愛でなければ何であろうか。

 

ホント、心が苦しくなる。

 

(追伸)

これは一昨日書き上げたブログなの。それに昨日今日と加筆していたら、制作側の非を伝える記事が出てきたわ。それがこちら。

 

テラハ「台本なし」生んだ悲劇 (週刊女性PRIME) - auヘッドライン - auサービスTOP https://news.headlines.auone.jp/stories/showbiz/news/13403672?genreid=3&subgenreid=7&articleid=13403672&cpid=10130046&rf=passtop_%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9

 

テラハ制作者へ「恥を知れ」 (デイリースポーツ) - auヘッドライン - auサービスTOP https://news.headlines.auone.jp/stories/showbiz/news/13403231?genreid=3&subgenreid=7&articleid=13403231&cpid=10130012&rf=passtop_%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9