最近、ダウンタウンの浜ちゃんを見ていて思うことがある🤔。
この水ダウ、私、見たわよ。女性芸人に向かって「ぶた」を連呼していたのよね😅。
ガキ使ではアインシュタインの稲ちゃんに蹴りを入れたり…😲
この前はくっきーに蹴りを入れていたわ😅
でも、彼は非難されない🤔。何でなんだろう🙄。これもガキ使なんだけれど、年寄りと野球をする企画で、ココリコの遠藤にビンタしていたわ。
コンプライアンスがうるさいこのご時世、何でダウンタウンの浜ちゃんだけ許されるのだろう🤔。
ダウンタウンDXでは、よく相方の松ちゃんに蹴りを入れている。
でも、笑える。少なくとも私は浜ちゃんの行為を笑っている。
これが他の芸人だったらドン引きだろう。でも、浜ちゃんだと笑ってしまう。これは他の芸人にはない何かを彼は持っているのだろう。
とっても失礼なことなんだけれど、浜ちゃんって知性を感じないのよね😅。風貌も経歴も発言も。というか、何かあえてそうしているのかしら🤔。
時事問題を語るわけでもない。
政治的な発言もない。
理屈をこねた揶揄もしない。
松ちゃんは何だかオピニオンリーダーのような立ち位置になろうとしている。
有吉は上から目線で言葉で人を切る。
ビートたけしはいつの間にか文化人になっていた。
そうよ。浜ちゃんは、上から目線で人を小馬鹿にしたり、自分の意見がさも的を射た発言であるかのような態度をとったりしないのよね。
ある意味、ダウンタウンの浜ちゃんの発言は、昔の無学な親父のようなのよね。マンガで言えばこち亀の両津勘吉か🙄。ダウンタウンって言う名前がしっくりくるわ😄。
なまじ学なんかつけるから、理屈っぽくてこんがらがるし、鼻につくのよ😤。
素晴らしい中身を求めるからおかしくなるのかもしれない。
ダウンタウンの漫才は、チンピラの立ち話だと横山やすしが評価したとのこと。そうしたら松ちゃんは「チンピラの立ち話で良いじゃないか。聞いてみたら面白いところだってある。」と反発したとか。
そうよ。ダウンタウンの浜ちゃんはチンピラもどきなのよ。チンピラはドツクのも汚い言葉を発するのも当たり前なのよ。
そんなチンピラでも法を犯さなければ生きていけるのが芸能界だった。しかし、今の芸能界というか、テレビは品行方正じゃなければ生き残れなくなった😔。
この前、サンマとマツコ・デラックスのトーク番組で、「恋のから騒ぎ」のパロディーで「恋のかま騒ぎ」の話が出ていた。
明石家さんまと、オカマたちが恋愛トークを繰り広げる番組だ。私は当時見ていたが面白かった。今見ても面白い。しかし、今はコンプライアンスに引っ掛かるのだそうだ。
マツコ・デラックスの言葉が印象的だった。
「やっとオカマが自由を手にしたと思ったら、コンプライアンス違反だったのよ」
う~ん🤔。
難しい😣。
やっと日の当たるところに出られたら、コンプライアンスに引っかかるようになったと考えているのよね。なんか気持ちは分かる。
ブスもデブもオカマもおネエも全てコンプライアンスに引っかかる。ブスやデブやおバカやオカマやおネエを武器にすることが不味い世の中になった。
しかし、それは当然かもしれないよなぉ🤔。
自分達はそれでテレビに出られて自由に発言して大金を手にしているんだろうけれど、想像力を働かせて自分達以外の人のことを考えてみよう☝️😔。
容姿が良くないとか、頭が良くないとか、女性的だとかという理由だけでからかわれることになるのよね😣。LGBTの人は全て「かま騒ぎ」に出演している人たちのような人だと思われてしまう可能性もある。
それに「オカマ」という言葉に、蔑称性が含まれるからなぁ🤔。
オカマに関しては、性的マイノリティーが市民権を得てきたのが逆行する可能性だってある。だから「オカマ」という言葉は使わない方が良いのだろう。
そう考えると、ダウンタウンの浜ちゃんは稀有な存在だよなぁ🤔。
人を蹴っても叩いても、差別的な言葉で罵っても炎上しない。あの「笑ってはいけない」のブラックフェイスだってさほど非難されていない。
その理由は、やはり浜ちゃんのキャラクターによるところが大きいだろう。目上目下問わずに言葉や暴力でどつきまわす。でも、「浜ちゃんにどつかれたい」と言う人も多い。
彼より年下で、彼のような他人に対して昭和的な暴力や暴言を許されている芸人はいない。あの千鳥の大悟だって、昭和臭は漂っているが、暴力や暴言はさほどない。浜ちゃんのような傍若無人感はない。
やはり芸って常識と非常識の間でもあるんだなぁ🤔。
松ちゃんは繊細で、なんか虚勢を張っているようにも見えるのよね。大物を演じているようにも見える。
それが浜ちゃんには見えないのよ。素でやっているように見える。解釈次第では、「アホ」と言っているようなものなのだが😅。
浜ちゃんは、昭和の非コンプライアンスも許される最後の大物芸人だということか😄。