日本ヤバイッしょっ😎
論理的に考えるって大切なことであると、どの程度、分かっているのかしら🤔。って、いきなり上から目線😎。
論理って、ざっくりというと「思考の道筋」のことよ。では、道筋とは何か?それは「順序」とでもしておこうかしら😄
論理とは「思考の順序」と定義付けておこう。
朝起きて、学校に行くとする。その際に、起きて、顔を洗い、口をすすぎ、朝食を食べて、持ち物を確認して学校に行く。
学校に行くという目的を果たすまでの手順ね。
自宅から大阪に行こう。家を出て、バスに乗って、最寄りの駅から空港まで電車に乗る。飛行機で関西空港に着いた。
C地点に行くために、A地点とB地点を通る。
「私は必ず死ぬ」ことを証明する。
人間は必ず死ぬ
私は人間である。
従って私は必ず死ぬ。
これは、三段論法という思考の手順の一つ。だれもこの証明に反論できない。
えっ❓理屈っぽい😅
私から言わせると、目的地に行く手順は入念に調べる人も、思考の手順には無頓着なのよ🤔。
情緒や感性も理屈なのよ。
だって感性が豊かな人が文学作品を書くんじゃないの。感性って、感じたことを言葉にすること。
相手を思いやるのも理屈よ。
「こういったら、相手の感情を害するだろうな。だから、言わないでおこう。」
「こういったら、相手の感情を害するだろうな。しかし、言わなくてはならない。」
「こういったら、相手の感情を害するだろうな。では、あの人に言ってもらったら、彼は素直に聞くかもしれない。」
「相手の感情を害する可能性がある」と考えることも、「だからどうすれば良いか」考えることも理屈よ。これはコミュニケーションよね。これも思考の道筋なのよ。
「あぁ、そんなことは誰でもやっているよ。だから、わざわざ論理なんて学ばなくても良いわ」と考えるのは早計よ😅。論理を学ばず、易きに流れているから、今の日本人は冷静で客観的な判断ができないの。
例えば「ヤバい」。良いことも、悪いことも、この「ヤバい」で終わらせてしまう。
少女A「あのスイーツ、チョーヤバいよね。」
少女B「ウンウン、ヤバイよ。私も食べたよ。」
少女A「でもね、そこの店の店員もヤバイよね。」
少女B「そー、私もそう思った。ヤバイよ。」
ゆう「えっ?ヤバイってどういう意味?」
少女2人「チョーヤバイ奴(笑)」((ノ∀`)・゚・
まだ、ヤバイは良い方だ。「ムカつく」はさらにマズイ。「ヤバイ」は良い意味と悪い意味があるが「ムカつく」は悪い意味だけだ。自分の負の感情をこの一つの言葉だけでまとめてしまう感性ってどうだと考える。
そうそう。「ヤバイ」も「ムカつく」も感情語。「ヤバイ」からどうなのか、「ムカつく」からどうしてほしいのかがない。また、「何がどうだからムカつくのか?」、「ムカつくという言葉をもっと詳しく知りたい」と聞くと、「殺してやりたい」となるのだろう😱。
語彙が少ないと短絡的になるの。複雑な心の理解を単純にしているのだから、そりゃ短絡的になるわ😱。当然ね。
「論理を学ぶ優先順位が低い」
「国語なんて感覚よ、感覚。」
「論理より実用的な英語、英語。」
その実用的なものの土台となるのが国語であり、論理だと私は思うわ。
まぁなぁ🤔。一国の首相が「私が嘘をつくと思いますか?」って国会で答弁してしまうからなぁ😓。そして、「森羅万象を担当している」だの、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」だの。感情的。憲法って理念で理性的なものでなくてはならないのよね。論理的ではなく感情的で主観的な方が、論理的で理性的で客観的な憲法を変えようとしている。