つれづれなるままに

教育や家族に関することを中心に書いていきます。

郷愁と理性と…。

テレビに同い年の親父が出てくると、「俺も周りからはこのように見られているのかなぁ」とつくづくと思ってしまうことがある😌。自分ではまだ若いつもりなのよ。心は10代と言うのは言い過ぎだけれど、まだ20代なのよ😎。覗きこんで見た鏡に映る自分の姿と、他人が見る自分の姿は異なるんだろうなぁ🤔。

 

もう少し、異性からも同性からもモテたかったわぁ。いや、恋愛対象は異性よ、異性。同性は友情としてモテたかっというとよ😅。

 

今朝、私の寝室の隣で妻と小6のチューがこんなやり取りをしていた。

結構、雨が降っている中、妻がパートに出ていった。車で通勤しているのよ。しばらくして、妻が家に戻ってきた。妻が「チューちゃんの車に入っていた荷物をここに置いておくね。」というようなことを言ったら、チューが何と言ったと思う?😁

 

「ママ、雨の中、戻ってきて大変でしたね。」

だって❗️😳

 

これって普通のことに思えないのよ。私が小6のときに親にこんな気遣いの言葉をさらっと言えたかと思うと…、言えなかったわよ😄。こんな発想もなかったし、思い付いたとしても照れ臭くて言わなかっただろう。

 

今の私は相手を気遣おうと意識している。しかし、彼は無意識にこの言葉がでたのであろう。

こりゃ、モテるわ😱。

親ながら感心したよ😅。

うれしい反面、今の私でも無意識にこのような言葉を妻に言えるだろうかと、ちょっと恥ずかしい思いも過った。こんなことができれば、もうちょっと青春を謳歌できたかもしれない😁

 

私の青春時代の歌は、「真っ赤な自転車」だ。

https://youtu.be/dZT1pvNTHLU
YouTube

 

前にも紹介したわ😄。歌詞が「こんな女の子を彼女にしたいなぁ」という男目線の理想の彼女なんだけど。新田恵利ちゃん、良い表情しているなぁ😳。いや、美人じゃないのよ。どこにでもいそうな隣の家のお姉さんのようなのよ。でも、こりゃモテるよ。私は高井麻巳子派だったけれど、これを見ると恵利ちゃんの方が素朴で良いなぁ😄。

そういえば、高井麻巳子おニャン子クラブを卒業して1年後、ファンクラブを作ったとたん、秋元康と結婚して渡米したんだよなぁ🤔。結婚しても構わないんだけど、ファンクラブを作ったとたんは不味いだろう。まぁ、モー娘の飯田圭織のファンとのバスツアーよりは良いけれどね😂。

 

恵利ちゃんのような子を自転車の後ろの席のせて、「あなたの背中からドキドキが聞こえてくるわ~🎵」と言われたらなぁ🤣。こんな女の子、いないと思うけれど、憧れちゃうなぁ💕。「おニャン子白書」だったかなぁ🤔。当時そんな本が出ていて、仲が良くない子もいるなんて書かれていたけれど、国生さゆりと新田恵利が不仲だというのは、ファンなら何となく知っていたのよね~😑。まぁ、人が集まればドロッとしたものがあるわけで、だから、真っ赤な自転車の新田恵利は男性が作り出したアイドル(偶像)なのよね😎

 

ドストエフスキーの「罪と罰」に出てくるソーニャになると、男目線の女性過ぎて、感情移入ができないが😑。この新田恵利ちゃんが演じる「真っ赤な自転車」の女の子は、男目線と実在のギリギリの理想の女の子像よね。今でも、この歌を聴くとドキドキしてしまう、おバカオヤジ🙃。

 

オヤジのこんなことを聞くと、引いてしまう人もいるかもしれないわ。特に、今、私が教えている生徒達は引くだろう🤣。

 

でもね、子どもの気持ちに寄り添う仕事をしている者には、こういう感情も大切なのよ。

 

そうね~🤔。

 

人の心には感情と理性があって、感情って危険なものなのよ。聖人君主の言は、「~すべき論」が多く、従わざるを得ない気持ちにはなるかもしれないが、心から従う気持ちにならないかもしれない。大人になっても、こういった若いときの異性にドキドキした感情や同性との友情の気持ちを持ち続け、それを郷愁の感情として見る理性も、教師に求められる素質の1つなのかなぁ🙄。この「郷愁の感情として見る理性」って奴が大切で、これが欠けると、事件や犯罪となるのだろう😱。

 

ホント困ったものだ。大人が子どもを誘拐した事件😡💢

大阪で小学6年の女子児童(12)を誘拐した疑いで35歳の男が逮捕されました。男はSNSを通じてメッセージを送り、女の子を誘い出していました。

小6誘拐 在来線乗り継ぎ栃木へ (テレビ朝日) - auヘッドライン - auサービスTOP https://news.headlines.auone.jp/stories/domestic/social/12905504?genreid=4&subgenreid=12&articleid=12905504

この手の事件を聞くと、経験の中で年相応の異性との恋愛が欠如していたのかなと思う🙄。私もほとんどなかったが😅。あっても数える程度。中高生の間は全くなかった😌。だから、「あぁ、中高生のときに、あんな恋をしたかったなぁ。」って思ってしまうの。

でも、だからといって、今の自分が心だけ戻って中高生と恋愛しようとは思わない。だって、そもそも、こんな中年オヤジじゃ無理だろうという理性が働くから😎。でも、「~したかったなぁ」ぐらいはキモいと思わないでよ🙃。

「~したいなぁ」と「~したかったなぁ」には天と地との差があるのよ~📢🤣。

 

でもね、その天と地ほどの差をつけるのも理性だと考える。

 

そうそう。このような事件では、誰が悪いのだろうか。SNSや出会い系サイトをやっている子どもを批判したり、驚いたりする声もあるようだが…。

子どもは悪くない。責任もない。最も悪いのは、当然、誘い出した大人。

次に悪い者は、善悪の判断もつかず自分の行為に責任を持てない子どもに不特定多数の人と繋がれるツールを持たせた者だ。今回は助かったから言える。保護者は猛省するべきであろうと。「持たせるのは個人の自由でしょ」と言うのなら、「世の中に悪い奴は沢山存在し、その恐ろしさを徹底的に教える義務」がこのようなツールを持たせた者にあると、私は考える😡。

 

これは未成年者の犯罪や事件全てに言える。保護者には子女を保護監督する権利と重い義務を持つ。あのアイドルグループの元メンバーY.T.の事件もそうであろう。あの女の子は悪くはない。最も悪いのはY.T.だ(精神的な病を抱えている可能性もあるが)。でも、「どんなに信頼していても、夜中に男性の部屋に行かない」という教育や躾ができていなかった保護者も罪とまでは言わないが、猛省すべき点があるというのが私の考え😔。昭和時代には「男は狼なのよ~気を付けなさい🎵」という歌もあったじゃない😄。

 

話を広げよう。

前にもブログに書いたことだが。

どんな服を着るのも個人の自由。これが前提。異性を誘惑する服を着ようとも個人の自由。これも私は肯定する。その服に誘惑されて、性犯罪に手を染める者がいたら、それは手を染めた者に罪がある。被害者には全く罪はない。

 

ほら☝️😎

私の好物の副助詞の「は」が出たよ。罪「は」ない。罪はないが、他に何かがあるということ。

そういう服を着ると、誘惑されて、罪を犯すような救いようのない悪人が一定数いることも、悲しい現実なのよ。犯罪者は悪いが、罪を犯す者がいるということを頭に叩き込むことが大切だと考える🤔。

 

血の臭いがする香水をつけてジャンクルに入るかな。血の臭いがする香水をつけるのは個人の自由よ。そして、襲ってきた獣に対して、獣が悪いと叫んでも、仕方がないわね。

 

これを暴論だという人もいても良い。でも、その人は当然女性専用車両に反対しているわよね😉✨。女性専用車両の前提は、犯罪を個人の問題ではなく、性の問題と一般化することだ。言い換えると、男性は誰でも罪を犯す可能性があることが前提なのよ。だって、痴女もあるし、男性の性被害だってあるのよ。美人局のような犯罪だってある。でも、それには無配慮よ😔。

 

私は女性専用車両に賛成である。でも、男性専用車両も作ってほしいわ。だって基本、私は赤の他人を信頼していないから。信用はしているわよ。

 

信頼とは無条件に信じること。

信用とは確認した上で信じること。信用貸しとはいうが、信頼貸しはない。じゃぁ、他人に確認しているのは、ルールや社会常識。でも、これも崩壊してきているのが日本。例を挙げればきりがないけれど、最近起きたことを挙げれば、桜を見る会なんてよい例ね。頼りない船長の泥船と嘘つき船長の泥船であれば、頼りない船長の泥船に乗るわ、私は。

 

話を戻すと、一歩外に出れば、犯罪者がいるということを肝に命じなくてはならない。大人も子どもも。そればかりだと人間不信になってしまうけれど、適度な不信感は必要だわ。

 

ほら~、今回もどこかで話が脱線したわ😌。脱線した理由も分かる。書いていくうちに、危ないおじさんと思われそうだったから、それを否定していくうちに、話が長くなっちゃった😜

 

今回のブログは、このお話の延長戦ね👋😄


郷愁 - つれづれなるままに

 

私のつれづれにお付き合いしていただいて、ありがとうございます🙇