つれづれなるままに

教育や家族に関することを中心に書いていきます。

雨ってかわいそう

雨ってかわいそう

雨が好きな人は少ない

雨はたくさんの恵みを与えている

だけど

あぁ、雨かぁって疎まれる

雨ばかり続くと憂鬱になる

晴ればかり続くと嬉しくなる

だけど

雨が続くと作物が腐るように

晴が続くと作物が干からびる

朝は晴れよ

夜は雨降れ

そうなれば住み心地が良いと思うのは、人間のわがままなんだろうなぁ。
f:id:yujisyuji:20190615074341j:image

 

雨のような人っているわ。人から疎まれる仕事をしていて、それでいて人の役に立っている人。

 

昔だと、皮革屠殺業。

農業が晴れならば、皮革屠殺業は雨であろう。

「農家が一粒一粒丹精込めて作ったお米を感謝しながら食べなさい」という教育はある。

「屠殺業が一頭一頭泣く思いで殺したお肉を感謝しながら食べなさい」という教育は聞いたことがない。

いや、「お米に感謝しなさい」は聞いたことがある。しかし、「お肉に感謝しなさい」はない。

 

生き物は、他の生き物の命をいただいて、命をつなぐ罪深きものだ。生き物の中で、人は理性を持った。私は「生き物が可哀想だから肉を食べない」というところまでの理性家ではない。お肉は旨い。ただ、お肉になった動物や動物をお肉にした方にも感謝の気持ちを持たなくてはならないと思う。

 

昔は皮革屠殺業は差別されたのよ。差別されたから皮革屠殺業を生業にしたのか、皮革屠殺業を生業にしたから差別されたのかはよく分からないが、非人と違って、穢多は、親子代々承継された。汚れは落ちるけれど、穢れは落ちないのよ。だから、ずっと差別されてきた。

穢れは「毛枯れ」とも。皮革屠殺は動物の毛を枯らす。毛は作物にも使うわね。二毛作って言うわよね。だから、作物をも枯らすと考えた。ホント、言霊思想の負の面よ。

 

そういえば武士も貴族に差別された。人には非ずと思いながら、利用した。保元平治の乱が良い例ね。この辺りは、「つれ歴」で語ろうかしら🤔。

 

この平安貴族の言霊や穢れ信仰は今でもあるのよ。自衛隊なんて良い例ね。恩恵は受けて、忌み嫌っている人がいるじゃない。武力に監視の目は大切よ。でも、それと忌み嫌うのは別物よ。それこそ理性を働かせないといけないわ。

 

日本人は、「自分にとってなくてはならないものなのに、それを忌み嫌い、差別する思考も持っている」ことを、私は意識している。

 

何事にも感謝よ、感謝。

そんな思いを起こす、雨だった。