新つれづれなるままに歴史を語る「日本の近現代史」敗戦の原因を考える~その2~
前回のお話がこちら👋😄
1945年の日本の敗戦の原因の原因を考えるには10年~20年の短いスパンの直接的原因と、その原因が発生した原因となる背景も追究するのが大切なのよね。
全く専門家ではないが、ミクロとマクロを織り混ぜて、まとまりなく話していくわね。興味があったら、「新つれづれなるままに歴史を語る」をよろしくね😉✨。
次回は「②統帥権の干犯問題」よ。
②統帥(トウスイ)権の干犯(カンパン)問題
では、予告通り、統帥権の干犯問題について語るわね😉✨
戦前の昭和史を語る上で避けては通れない問題なのよ😔。
私が「統帥権の干犯問題」を習ったのは高校生の時だったかしら🤔。いつ習ったかは、あんまり覚えていないのよね。そして、この「統帥権能の干犯問題」の重要性を知ったのも大人になってからなのよ😅。
今日は、昭和5年(1930年)に起きた、浜口雄幸内閣のロンドン海軍軍縮条約調印をめぐる政治問題についてお話しする前に、「統帥権の干犯」という言葉の意味をお伝えするわね😄。
①統帥権
「統帥権」を説明するわ😉✨。
これから話すことの前提となるところ。
統帥権とは、大日本帝国憲法で定められた「軍隊の最高指揮権」よ☝️😄。つまり、軍隊を動かす権限のこと。この権限は天皇が持つものとされていた。
軍隊は、軍政と軍令に分けられる。
軍政は軍事組織を管理運営する。
軍令は内閣や議会を通さないで天皇が陸海軍を統帥するため制定する。軍に命令して軍事行動を起こさせるのが軍令ね。
この「内閣や議会を通さない」というところがポイントなのよ☝️😄
これ以上、詳しい説明は省くはね😉✨。小難しく説明するんなら、ウィキペディアを見た方がはやいよね😅。それにもっと分かりやすいネット記事もあるし😅。
統帥権とは
①天皇大権である。
②大日本帝国憲法で定められた軍隊の最高指揮権である。
③内閣や議会を通さないで天皇が陸海軍を統帥する。
の3つをおさえておいてね☝️😄。
実際にこの統帥権を行使するのは、天皇ご自身ではないのよ🙄。陸軍や海軍のトップよ。ここもポイント☝️😊
統帥権を実際に行使するのは、天皇ではなく軍部である。
陸軍と海軍の軍事上のトップは、陸軍大臣や海軍大臣じゃないわよ。大臣は内閣で行政を担当する。
こんがらがるわよね。図を書いて説明した方が分かりやすいんだけれど…。私は親指一本でスマホを使って説明している💪😎。限界はあるわよね😅。
天皇が軍に命令を出すには、命令を受ける組織(機関)が必要だ。その組織が「大本営」なのよ。
この大本営は参謀本部(陸軍)と軍令部(海軍)で構成されていた。 参謀本部トップが参謀総長で軍令部トップが軍令部総長よ。
一方、組織を動かすには金がいる。予算や決算よね。それは内閣の仕事だから、軍は内閣の管理下ともなる。軍部は内閣に陸軍大臣と海軍大臣を送る。そして、それぞれに陸軍省と海軍省があった。
天皇ー(行政)ー内閣
ー(軍事)ー大本営ー参謀本部(陸軍)
ー軍令部(海軍)
現代でも各省庁が予算(お金)の取り合いとなる。たくさんの税金を勝ち取ってきたものが有能とされる。
陸軍だって海軍だって、軍事費を削減されたらたまったものではないわ。「国防にかかわる」とか何とか言って、軍事費を増やそうとする。
②干犯
干犯とは、干渉して相手の権利をおかすこと。
統帥権の干犯とは
「天皇大権である軍隊の最高指揮権に関して、内閣が干渉して天皇の権利を犯した」
ということなのよ。
でも、昭和天皇ご自身は「統帥権の干犯」なんて考えておられなかった😔。
事実上統帥権を行使する軍部が、内閣のしたことに対して「統帥権の干犯である」と難癖をつけたのが「統帥権の干犯問題」だと理解しても良いと思う🙄。
軍部がそう言って難癖をつけるのは、まだ、理解できる。いや、承諾はしないわよ。そういう難癖をつけることがあり得ることは納得できるってこと。
「統帥権の干犯」は、魔法の杖。もともと軍隊内部の勉強会で、「統帥権の干犯」という言葉が使われていただけだそうだ。
それを政治問題化した人がいる。超有名な人よ。