なるほど🤔
腑に落ちたブログ😄
federao (id:yoshimor)さんは、私のブログの読者さん第1号なのよ😄。途中、ブログの更新が途絶えたけれど、また復活したので、楽しくブログを読ませていただいている。
動物は教育しない。
これは知りませんでした。
ほとんどの動物は餌の取り方などを親子間で教育していると思ってました。
自然界では教育は効率が悪いと言うことなのかな?
ならば人間が教育をする意味はどういうことなんだろう?
なんか不思議です。
どうして人間だけが教育をするのだろう。
「何をもって「高度」か」という問いはさておいて、動物が教育せずに、人間が教育をするのは、それだけ知的活動が高度になったからだろうなぁ🤔。現代人も、本能で習得することに関しては教育はいらない。原始時代、いや、その前は「教育」はなかったかもしれない。
教育は、弱肉強食の世の中で、なるべく多くの子孫を残すための知恵だろうか🙄。死んでもまた生めば良いとなれば、教育する必要はない。本能のまま生きよとなる。しかし、かけがえのない我が子という思いになれば、本能にない知恵を育まなければならない。それが教育なのだろう。
生まれつきの課題がなければ、二足歩行をし、言葉を話すようになる。しかし、その言葉を使ったコミュニケーションは多岐にわたり、語彙も多い。自然には身に付かない。
農耕が伝わってくれば農耕の仕方は教えないと分からない。
自分が食べていくには、貨幣経済の世の中なら、お金の使い方、お金を得る方法、自然には身に付かぬ。ということは、「教育」とは、本能で得られないものが多くなったということなのかもしれないなぁ🙄。
特になるほどなぁと思ったのは、指導者にリスペクトするものがあれば、指導される者の成果が上がるという点である。
あと、TOEIC満点の教師(演技)のクラスの点は良くなるそうです。教師にリスペクトがあるかどうかのほうが大きい。
言われてみれば当然なことよ。でも、言われてみないと気づかなかった。これを目から鱗というのかしら😅。
私には「リスペクトされるもの」がない。特に、今年配属された教室では、生徒指導に四苦八苦している。それは何故かと突き詰めたら、汚い言葉で言えば「舐められている」ということなのだろう。他の言い方で言えば、私に「リスペクトされるものがない」ということか🤔。
学校の先生もこの点で苦労されているが、まだ、「内申書」を人質にしたり、教師という既存の権威で押しきったりすることも可能だ。まぁ、それも今は難しいのだろうが😅。
昨日までの3日間は、塾では集中特訓という授業だった。9時半から18時までぶっ続けで授業をする。授業時間は8時間。「ホントにこれが必要なのだろうか」と疑問に思うところもある。それで隣の教室では、先生が、生徒を楽しませるために、大声を出したり、奇声を発したり、生徒を弄ったりして笑わせ続けているのだろう。私に全くなついていない私の生徒から「先生も面白い授業をしてよ」と言われてしまった😅。まぁ、その言葉は真摯に受け止めよう。
でもね。8時間、辛くても真面目に一生懸命取り組んだというものを持ち帰らせたいのよね😔。せっかくやるんであれば。これは私の言い訳かもしれない🤔
笑いが受けて、真摯に静かに勉強することが軽く見られ非難される。なんか納得できないが、それがニーズなんだろう。私も若い頃は、あんな授業をしていた。「隣のクラスの集中力をと切らせかねない授業はするな」と教わった。隣のクラスで教えている方は、転籍先のお偉いさん。塾の文化が違うんだろうなぁと思ったよ😅。
先生それぞれキャラクターがある。あちらの方が生徒に受けたということは、私の負けだ。
今年から配属された教室は、なかなか生徒と私の溝を埋められない。これまで30年やって来て、やりにくい教室の1つだ。注意しても、本気で言い返してくる子もいるし。それもお握りを食べながらよ😱。ホント、舐められている。親のしつけだろう。いや、私がリスペクトされていないからか😌。
まぁ、全てコロナのせいにしておこう😅。4月から6月にかけてリモート授業だったし。自責も必要、他責も必要😎。
3日間、8時に出社し、20時に退社した。この3日間の勤務時間は36時間。そのうち24時間授業をしている。体も心も疲れ果てた😌。
昔は社会共通の偉大なスターがいた。誰もがリスペクトするスターがいた。まぁ、アンチもいたが、アンチもスターであることは認めていたであろう。美空ひばり、石原裕次郎、長嶋茂雄、王貞治。自民党の政治家だって一目おかれていた。池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、中曽根康弘…。
今は、リスペクトしモデルとなる人がいない時代なのかもしれない。
私の世代ならイチローやキムタク、もしくは羽生善治。私より年下なら、松井秀喜かなぁ。でもね。なんか違うのよね🤔。あまりうまく言えないんだけれど。
私よりずっと上の世代だけれど、石原裕次郎、そしてその兄と言えば、太陽族よね。みんな、石原兄弟の髪型を真似た。憧れたのよね。その後であれば、マッチや聖子ちゃんか。猫も杓子も、あの髪型をしていたものね。でも、生き方に憧れるってないなぁ🤔。○○エモン、○○ファンドの○○○○、いや、経済界もスポーツ界も芸能界も、自分勝手が個性になってはいないか?。憧れるリスペクトの対象になっているのか🙄。俺もあんな風に自分勝手に生きようとして、他人に迷惑をかけているだけになっているのかも。そういう点では、自分勝手に振る舞っても、今は粉飾決算せずしっかりと税金を納めている○○エモンの方が良いかしらね🤔。
何かとりとめとなく、話がずれてしまった🙇。
塾の講師としての私の価値🤔。生徒が憧れを持つ価値🙄。
進学塾は学歴重視。最難関国公立、最難関私立出身でなければ、学歴を売ることはできない😅。私なんて国内の難関大の末席クラスの学校だったからなぁ😌。
資格なんてないし、取り柄もない。のんべんだらりと生きてきてしまった。
進学実績がチョー良いというわけではない。最難関高校に、10人以上出した年もあったけれど、そんなの自慢にもならない。
塾の講師は35才定年説がある。私が乗りに乗っていたのは20代後半から30代半ばまで。50才間際になっても、弱小塾のワンオペ雇われ教室長じゃぁ、それをリスペクトしろといっても無理だろう😌。