つれづれなるままに

教育や家族に関することを中心に書いていきます。

新つれづれなるままに歴史を語る~その7~ちょっと一休みして、これまでのつれ歴を振り返る~

「新つれ歴」は「旧つれ歴」よりも好評のようだわ😄。私のシリーズブログの1つ「つれづれなるままに歴史を語る」は、旧シリーズはアクセスが少なく、自分の思い入れと読者さんとの乖離が大きかったのよ😅。

 

今回の「敗戦の経緯や原因を追及する」というテーマは、アクセス数は、つれ歴にしては良かったわ😄。書きたいから書いているんだけれど、アクセス数は気になるのよ😌。

 

では、今回は話を脱線して、これまでのつれ歴を振り返りながら、ちょっとブログ論を入れてみるわね😉✨

 

【旧シリーズ第1部】

記念すべきシリーズ第1部第1回のがこちら😄👋

第1部は9回と長い連載だったわ😅。途中から、ツイッターの論戦を意識した内容になったのよ😌。

 

その出だしがこちら👋

先日、ツイッターで「東日本大震災の追悼式になぜ天皇を敬う君が代が歌われるのか」ということが話題になっていた。私は「国家だからなぁ」と呟いたら、「そもそも国家を歌う意味が分からない」とだけ、別のアカウントから返信ツイートがあった😩。「そもそも国家を歌う意味が分からないので『意味を教えてください』。」であったのなら、まあ、優しく対応したのだが😎。そうではなかったのでブラックゆうが出てしまった。反省、反省。詳しい経緯を書いたが、カットしたよ😌
 
まず、この問いは、そもそも論である。このそもそも論に答えるのは、結構長い説明になるのよ。
 
だって簡単に「日本は宗教国家だから」と答えたら、「本当に宗教国家と言えるのか」とか、「宗教国家だと、追悼式で君が代をなぜ歌うのか」と言ってくるだろう🤔。
 
質問すれば答えるのが当然と考えているところに腹が立つ😣。

 

一応完結させたのだけれど、思想色が強くなって、ただでさえ少ないアクセス数がさらに少なくなってしまったわ😅

 

【旧シリーズ第2部】

この第2部も9回続き、しっかり完結した。

途中で、ガラリと内容を変えてしまった。かたっ苦しい説明ではなく、歴史小説にしたのよ。それでもアクセス数は伸びなかったが、義父にとても受けていた。卑弥呼を題材にしたものが1回、信長と秀吉の出会いを描いた小説は6回という長期連載だった。

 

こちらは卑弥呼を題材にしたお話よ👋😄

 

こちらは秀吉と信長の出会いを描いた小説の1回目👋😁

もう信長と秀吉ってバラしたけれど、途中まで誰と誰の出会いか分からない形で話を展開させたのよ。という、些細な工夫を凝らしながら、書ききったわ😎。

 

【旧シリーズ第3部】

「政権交代と日本国憲法」というテーマで書いたのが第3部。2回で完結したわ。



【旧シリーズ第4部】

幕末から明治維新を書こうと思ったけれど、2回書いてそのままになっちゃったのよね。今回の「敗戦の歴史を考える」で、再度幕末を書こうかしら🙄。

 

【旧シリーズ第5部】

徳川家康と天海僧正と林羅山の3人の密儀という設定で、江戸幕府成立の舞台裏を書こうとしたものよ。5回分書いたが、完結していない😅。

 

そして、新シリーズの最新回がこちら👋😄。

こちらもまだ完結していないわよ。敗戦の原因や背景を江戸時代まで遡らせる構想なのよ。気を付けてね。参考文献も載せていない、素人オヤジのヨタ話とでも考えてね。しかし、私が知っている史実にはそっているわよ😎。

 

と、ここまで長々と、「つれ歴」について書いてきた。

 

何でこんなことを書いたのかしら❓🤔。それは、自分のブログに熱い思いがあるからかしら😅。

 

ブロガーは、自分のブログの1番の愛読者じゃないと長続きしないと思うのよ😎。私は私のブログの内容が書かれた本があったら、少なくとも手に取るわ😄。買うか買わないかは分からないけれど😌。

 

歴史物は、本にするには難しい。だって出典や参考文献を書かなくてはならないでしょ😅。