「強要は確認できなかった」とは🤔。~テラハ問題のフジテレビの見識を疑う。自死と強要の関係性~
強要はなかったという。
フジテレビは31日、出演者の木村花さんが死去した恋愛リアリティー番組『TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020(テラハ)』について、16ページにわたる長文の検証報告を公表した。制作・技術スタッフ、出演者、木村さんの所属事務所など27人に聞き取りを行い、制作側から出演者への「言動、感情表現、人間関係等について指示、強要したことは確認されませんでした」と発表した。
フジテレビ『テラハ』検証… (ORICON NEWS) - auヘッドライン - auサービスTOP https://news.headlines.auone.jp/stories/showbiz/news/13595660?genreid=3&subgenreid=7&articleid=13595660&cpid=10130027&rf=pass_search
では「強要」とはどういうことだろうか。
「強要」とは無理に要求することという意味である。または無理やりやらせることである。強要か否かのポイントは、「無理に」とか「無理やり」ということであろう。
「強要」か否かを判断するポイントは「無理やり」か否かとなった。では、「無理やり」とはどういう意味であろうか。
「無理やり」とは、実現の難しいことや、相手の嫌がることを強引に行うさまとある。
では、今回のテラハに当てはめて考えてみよう。木村花さんの行為は、実現の難しいことであったのか。そして、相手(木村花さん)が嫌がることであったのか。
コスチューム事件(私はネット情報でしか知らないが)を例に挙げると、自分のコスチュームを台無しにした男性の帽子をはね飛ばし、罵倒するという行為は、実現の難しいことではなかろう。演技としてはあり得る行為だ。この演技を強要したというのなら、実現の難しいことを強引にやらせたのではなく、「木村花さんの嫌がること」を強引にやらせたとなるのであろう。
では、今回の「強要」の定義を、「木村花さんの『嫌がること』を強引に行った」としよう。そして、その強要は、このコスチューム事件以外の番組に関する全ての木村さんの職務に当てはめよう。
木村花さんが、その時点で本当に嫌がっていたかがポイントになる。そして、その嫌がっていたことが相手に伝わっていたかがポイントになる。
それは「自死したんだから、自死に繋がっていると考えて当然だろう」とならないのが、世の中なのである。
遺書が遺されていたとしても、その遺書が本当に自死した方の気持ちが書かれているのかということが問題になる。
また、例えば、「強要されて『思い悩んで』自死に至ったのか、『復讐したくて』自死に至ったのか。強要が、自死の直接的原因なのか間接的原因なのか。」と自死した者の気持ちを第三者が推し量ることになる。
そう。
「相手の嫌がること」って相手の主観なのよ。だから、「被害を受けた」と言われたら、「私は強要したつもりはなかったし、そう思われたとしたら残念です。」と言えば済む話になってしまう。
死を損得で考えるのは不謹慎だが、「死に損」となる。でも、自死した人の多くは「損得」を考えず、思い悩んで死を選んだのであろう。とすると、自死は本人にとっては無念だが、遺族にとっても無念でやるせないものとなる。
と、被害者側に立つと、ホント、「強要は確認されませんでした」などと言われると腹が立つが、加害者とされる側に立つと異なるものが見えてくる。
先日、塾で生徒の保護者からクレームを電話で受けた。私の(集団)授業での態度が「何でこんな問題も出来ないの」と高圧的で、授業を受けたくない、私の授業の代わりに他の先生の個別にしてもらいたいというものであった。私はショックであった。
中3生のクラスで英語が課題のクラスである。カリキュラムを無視し、中1の文法事項から復習した。できが良くなかった。私は焦った。でも、そこで「こんな問題も出来ないの」と怒っていない。「何とかしなくちゃ」という気持ちであった。私は夏期講習で頑張ろうぜというような発言をした。
彼女には高圧的にうつったか。
その場で母親には、ショックで声を震わせながら、謝った。「私は決してそのような気持ちで指導はしておりませんが、お子さまにそのように受け取られるようなことをしてしまい申し訳ございません。」と。
その日はショックだった。1人そのように思っているとしたら、他にもいるだろうと、全員の家に電話をした。
ある保護者からは、私の「先日の英語の授業のことで何かをおっしゃっていましたか。」という問いに、「家に帰るなり『中1から復習できて良かった』と喜んでいましたよ。」と言われた。概ね、好評価で、嫌に感じている生徒は他にはいなさそうであった。
確かに、生徒の理解の状況を見て「何とかしなくちゃ」と焦ったのは事実であり、それを敏感に感じ取って「何でこんなのも出来ないの」と私が思ったと解釈したとすれば、理解できる。しかし、それを高圧的と捉えて私を毛嫌いするまでになった。ペアの担当のとりなしで何とかなった。
こちらが意図しなくたも、相手がそう感じたら、感じさせた方が悪いとなる。他の10人が好印象を持った授業でも、この子が嫌に感じたら、そのご家庭に謝らなくてはならない。
自分にその意図がなくても、相手がそう感じたら、感じた方が優先されるのもおかしな感じがする。ハラスメントとか痴漢冤罪の問題って、この点を軽く扱っている。
ハラスメントや痴漢を肯定しているわけではなく、理不尽な認定や冤罪が問題だと考える。
今回の「高圧的」と言われたのにはホントショックだった。発破をかけたら、ダイナマイトを投げつけられたような感じだ。大人が子どもの顔色をうかがうようになるわけだなぁ🤔。
と、これは、加害者と疑われてる側からの視点である。
ひとつの事象を見て感じることは様々である。だから、実際には強要していたとしても、強要していないと言い張れるし、強要していなくても「強要していた」と訴えることもできる。
しかし、自死してしまったんだよ。となると自死した方の遺族には、自死にいたるほど強要されたという客観的な証拠が必要になる。
これが難しい。
いじめの問題も公文書偽造の問題も過労死もパワハラも、この客観的な証拠の提示が厚い壁となる。なぜなら、それがもし加害者側にあれば、隠されてしまうから。
訴状によると、男性は2011年ごろに統合失調症と診断され、13年には知的障害の療育手帳を交付された。市営住宅で一人暮らしだった男性は昨年11月中旬、くじ引きで自分が自治会の班長に選ばれる可能性があることを知り、自治会の役員に「精神の病気で班長ができない」と伝えたが、「特別扱いできない」と言われたという。
男性は同24日に役員らと話し合った際、便箋(びんせん)2枚に「しょうがいかあります(原文ママ)」「おかねのけいさんはできません」「ごみのぶんべつができません」などと書かされた。さらに役員らから、文書を同じ階の住民(約10世帯)に見せると言われたという。男性は翌日、自宅で亡くなった。
障害内容を書かされた後自殺 (朝日新聞デジタル) - auヘッドライン - auサービスTOP