つれづれなるままに

教育や家族に関することを中心に書いていきます。

満員電車をなくすたった1つの方法というから期待して読んだのに~📢🤣~東洋経済オンラインの記事を読んでディスりまくったよ😎~

なんというか、毎日我慢して満員電車に乗ることが、惨めな人生に感じてしまったのだ。

父が言う、新聞だの本だのを読めば過ごす時間を有意義に過ごせる、という理屈は理解できるものの、だったらより快適な場所で新聞なり本を読めばいいじゃないか、と思った。

結局、父は自分の給料で買うことができた勤務地から1時間40分のベッドタウンの一軒家を購入したことを正当化したかったのだと思う。彼が家を買った1984年は「マイホームブーム」で、サラリーマンは郊外に一軒家を買うことこそステイタスだった。だから、多少の通勤時間の多さは気にせず、「我は一国一城の主である」的な自己満足を得ていた。

だが、私からすれば、どう考えても往復3時間20分を通勤・帰宅に使うのは無駄で我慢ならないことだった。しかも、今の時代は痴漢冤罪や感染症のリスクもある。こうしたことから私は「満員電車に乗るのは基本的人権の侵害」というほど嫌っている。

だから、社会人2年目には自転車通勤ができるJR山手線・恵比寿に引っ越した。これまで実家ぐらしでゼロだった家賃が同じく満員電車嫌いのルームメイトと暮らすことで11万5000円になったが、満員電車に比べればマシだった。それだけイヤだったのである。

満員電車 日本からなくす方法 (東洋経済オンライン) - auヘッドライン - auサービスTOP https://news.headlines.auone.jp/stories/topics/story/13381999?genreid=1&subgenreid=3&articleid=13381999&cpid=10130010&rf=passtop_%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9

おっと長く引用し過ぎた😅

この引用を、このブログの従にするために、この引用の5倍くらいの文字数にしないといけないかしら😎。

 

フムゥ🤔

 

みなさんは、この引用した文章のどこに私が引っ掛かったか分かるかしら😁。

 

「毎日我慢して満員電車に乗ることが惨めな人生に感じてしまう」のは、彼の主観。感じてしまうのだから、仕方がない。私も満員電車で通勤するのは嫌だわ。そういう理由もあって、私は午後から夜の仕事である「塾」で働くことを選んだ。

 

父が言う、新聞だの本だのを読めば過ごす時間を有意義に過ごせる、という理屈は理解できるものの、だったらより快適な場所で新聞なり本を読めばいいじゃないか、と思った。

→ここら辺から、この作者は自分の主観を他人に押し付けだしてくる。私は、主観の押し付けが大嫌い😣。まぁ、この「大嫌い」も主観だが、この気持ちを客観性で相手を凹ませてやるのよ😎。いや、相手が凹むかどうかは、相手の主観ね😅。

 

父は郊外に家を買い、そこに家族を住ませ、自分は往復3時間以上かけて通勤することを選んだのよ。

 

これを「惨めな人生」と蔑むことができるのか🤔。蔑むのなら、この作者(これから貴方と呼ぶ)は、父を惨めにさせて成長したってことね😄。

 

父が選んだことであっても、貴方はそれを享受した。享受して育ったんなら、惨めと蔑まずに、父に感謝しなくてはならないんじゃないの😔。

 

これって、あの学習院大学卒業生の答辞に通じるものがある。そのブログがこちら👋😄

 

自分が享受しているものは、当然享受すべきものであり、感謝をしない。この記事には「感謝しない」とは書いていないが、郊外に一戸建てを持つために、満員電車で通勤する父を否定している。作者とその父親の関係性まではわからない。でも、記事から推察すると、父親と作者の関係性はさほど悪くなさそうだと考える🤔。だって親子の何気ない会話が成立しているから。

 

「新聞だの本だのを読めば過ごす時間を有意義に過ごせる」と父は思っているのだ。「だったらより快適な場所で新聞なり本を読めば良い」のは父ではない。貴方である。

 

心が屈折している😌。

 

「だったら」ではない。「私は」である。「私は、より快適な場所で新聞なり本を読もう」の方が心が屈折していない。

 

父は父の価値観の中で生きている。「正当化したかったのだろう」と言うが、正当化しちゃいけないのかしら🙄。

 

だって、貴方だって、「満員電車は人権侵害」と言って、自分の意見を正当化しているんじゃないの。良いのよ、自分の行為を正当化して。貴方がこの父の正当化を良くないものだと考えているところが、私が受け入れられないところ。

 

もうね、なんでここまで父の行為を蔑むのかと腹が立ってきた。おっと、感情的になりそう😅

 

という理屈は理解できるものの、だったら

→これは「譲歩構文」と言われる文の形。「確かに~だ」と相手の考えや一般論に理解を示し、「しかし~だ。」と主張する。

 

この譲歩構文って、相手の考えに譲歩したわけではなく、自分の主張を強めたいだけなのよね。だって、今回のケース、父が「満員電車の中で」有意義に過ごせるという限定した話なのに、「だったらより快適な場所で読めば良いじゃないか」と「満員電車である」という前提を勝手になくしている。論点ズラシの術よね。

 

こういうことをする人って、よく会議にいるわ😌。

 

結局、父は自分の給料で買うことができた勤務地から1時間40分のベッドタウンの一軒家を購入したことを正当化したかったのだと思う。

→譲歩して、相手の考えと反対の自分の考えを主張して、「結局(相手は)正当化したかったのだ思う」って😥。

 

貴方が勝手に思ったのだろう。思うのは自由だ。でも、この流れは、自分の考えは正当であり、相手の考えは正当化だと言いたいのだろう。

 

「正当である」とは、道理にかなって正しいということ。

「正当化」とは、道理にかなって正しいように見せること。見せるというとは、「本当は正しくないかもしれない」とか「本当は正しくない」という意味が含まれる。

 

彼が家を買った1984年は「マイホームブーム」で、サラリーマンは郊外に一軒家を買うことこそステイタスだった。だから、多少の通勤時間の多さは気にせず、「我は一国一城の主である」的な自己満足を得ていた。

一軒家を買うことを、「一国一城の主である」的な自己満足というのかね🤔。では、貴方の父は自己満足のために借金して一戸建てを建てたというのかね。そこには、家族の満足はなかったのかね。

 

トホホ😥。

なんか、この父ちゃんが可愛そうになってきた。

 

父親自身が自分について「自己満足」と思っても良い。でも、息子にそんなことを言われる筋合いはない😑。

 

では言おう☝️😄。

貴方が都内に115000円の家賃で部屋を借りていることも自己満足だろう😎。

 

貴方は「満員電車という人権侵害から守るため」というだろう。しかし、それも正当化だよ。

 

貴方の主張は私も同意である。「満員電車は人権侵害」である。しかし、その主張をするために、貴方を育んだ父親を蔑むことに嫌悪するのよ😒💢。

 

毒親だったら別よ。

 

貴方の父親は毒親だったの❓

 

郊外に一戸建てを建てて3時間以上満員電車に揺られて家族を支えた貴方の父親は毒親だったの❓。

 

貴方の記事を読むと、そんな毒親のように思えないのよ。

 

いや、貴方の父を当時のサラリーマンの象徴にして、当時のサラリーマンを蔑んでいるのね。

 

そこは同意しかねるなぁ🤔。

世代間論争って不毛なのよね。だって当時の常識を現在の常識で否定するんだから。まぁ、今の常識に合わせなければならないところがほとんどだが😄。

 

父の価値観では郊外に家を建て、通勤に時間をかけ、その間に読書をするのは当たり前なのだ。その時代の価値観の中で生きてきたのだから。その価値観を貴方は変えようということなのかしら🤔。

 

貴方の父が家を買った1984年は「マイホームブーム」で、サラリーマンは郊外に一軒家を買うことこそステイタスだったって分かっているじゃないの。

 

それに、多少の通勤時間の多さは気にせず、「我は一国一城の主である」的な自己満足を得ることがいけないことなのかしら🤔。

 

じゃぁ、聞こう☝️😄

 

江戸時代の人に、「あなたの価値観はおかしいですよ」って言えるのかしら?。「武士が世の中を治めることはおかしいですよ」って言えるのかしら🤔。極論過ぎるか😁

 

明治時代の人に、普段着物を着るのは変ですよって言えるのかしら。いや、今でも着ている人もいるわ😄。

 

言いたいことは、その時代時代で価値観が違うのよ。そして、常識もシステムも違う。あなたは平成の価値観で生きている。父親が貴方に昭和の価値観を強引に押し付けているのなら貴方の言い分も分かるけれど、押し付けてはいないわよね。だって社会人2年目から都内に引っ越したのだから。

 

さてここからが本題☝️😁

都内に引っ越して、家賃が11万5000円。貴方は、1ヶ月間1日往復3時間の満員電車の通勤は、11万5000円の価値があると考えているわけだ。いや、これに水道光熱費や食費を入れたら、17万円くらいになるかしら。

 

自宅から通勤していたときに、このくらい家にお金を入れていたのなら立派。しかし、私は貴方は実家にお金をさほど入れていないと考える。だって「家賃が11万5000円になったが、満員電車に比べればマシだった。」と言っているでしょ😌。

 

実家通勤していたときに実家にお金を入れていたのなら、「~になったが、・・・と比べればマシだった」とは書かない。「実家に入れていたお金の分が家賃となった」となるだろう。

 

これが事実なら、なんて幼い😥。

 

それに1年経つと、11万5000円×12ヶ月で138万円が家賃で飛ぶ💸。10年で1380万円。30年で4140万円。

 

貴方の父は、4140万円払うなら、郊外に一戸建てを持った方が良いと判断したのかもしれない。これは良し悪しの違いではなく、価値観だ。それによってラッシュ時間に通勤することになったことを蔑まされるいわれはない😔。経済誌なら、このような金銭的なところまで言及してほしいわ~😥。私のこの言及も稚拙だが😅。

 

父が一戸建てを買った頃の物価、地価、利率、家賃、子育てなどを踏まえれば、郊外に一戸建てを買うことが「一国一城の主的自己満足」なんていう評価にはならないと私は考える🤔。

 

都内でマンションを買ったら、べらぼうに高い上に、マンションの代金を支払い終えても、共益費やら維持費やらで家賃並みの支払いがある。

 

賃貸マンションじゃ自分の資産にならぬ。分譲マンションなら支払い終えても支払いがある。マンションを買って転売する器量はない。それに引っ越しがあったら、家族にも負担がかかる。だから、郊外に一戸建てを買った。

 

子育てするのに、マンションだと隣や下や上の階の住人に気兼ねする。しかし、一戸建てなら、子育てで周りの目を気にすることもない。部屋の中の物音も気にせず育てられる。

 

1985年当時の郊外なら、こどもの遊び場も沢山あっただろう。通勤だけを考えたら、賃貸の方が断然良い。

 

しかし、貴方の父には、少なくとも貴方という家族がいた。母親はご健在かしら。兄弟姉妹はいらっしゃるのかしら🤔。祖父母と同居かしら🙄。そういったことは分からない。

 

家族は、少なくとも貴方は、子どものときに郊外ライフを満喫したんじゃないかしら❓🤔。

 

違っていたら、ごめんなさい🙇。

 

しかし、郊外ライフを満喫した可能性は高い。だって、社会人2年目まで、ご実家で暮らしていたのだから。少なくとも大きな不満はなかったろう。その郊外ライフを支えていたのは、お父様の通勤3時間だったのよ。

 

貴方からしたら、どう考えても往復3時間20分を通勤・帰宅に使うのは無駄で我慢ならないことなのだろう。今の時代は痴漢冤罪や感染症のリスクもあるだという。こうしたことから貴方は「満員電車に乗るのは基本的人権の侵害」というほど嫌っている。

 

そう考えるようになったのは、貴方も指摘しているように平成・令和の世になってからよ。

 

満員電車に揺られて通勤する選択をしたのは貴方の父自身。その会社を選択したのも父自身。その選択によって育てられたのが貴方なのよ。貴方はそれを望んでいなくても、貴方はそういうお父様の犠牲の上に育てられたのよ。

 

いや、貴方が貴方の父の人生が「惨め」とか「自己満足」と言って蔑むから「犠牲」と言った😔。

 

しかし、貴方の父は「犠牲」とは思っていないだろう😄。なぜなら、満員電車の通勤を、「新聞だの本だのを読めば過ごす時間を有意義に過ごせる」とおっしゃるのだから。

 

いえね。私も「満員電車での通勤」は、解消した方が良いという考えよ😅。

 

貴方は力量があるのだろう。だから、ラッシュ時間の朝の会議などを拒否できるのよ。私はそんな力がないから、午後から夜の仕事を選んだ。

 

でも、主に昭和時代に働いていた私の亡父を、私は否定しないし、蔑まない。その価値観を押し付けられたら拒否するが、彼が満足して自分を誇らしく思っていて、それを私に言ってきたら、私は父の感情を承認する。それは、私が若いときから変わらない😄。

 

何かね。

全員とは言わない。

だけど、今まであった自分の環境を当たり前に思って、感謝しない人が多いのかもしれない。

 

飛躍させよう☝️😎

少子化もそれが原因の1つかもしれない。あくまでも原因の1つよ。

 

自分にも子どもの時があったくせに、子どもが嫌い。近くに保育園ができるとなったら反対する。公園で遊んでいたらうるさい。子どもを持つと自分の時間もお金もなくなるから、子どもを持たない。

 

生物は子孫を残すのが本能である。しかし、今の快楽や自分の都合を優先し、今、自分がいることに感謝する、周りに感謝するという気持ちが薄れているんじゃないかと危惧する。子殺しの事件もよくある。親殺しの事件もよくある。綺麗事ではすまないことも分かる。ここには書かないが😔。

 

でも、1つ言えることは、今あることを有り難いと思うこと、周りに感謝することが世の中を良くする第一歩ではないかなぁ🙄

 

まぁ、この記事が、まだ十代の子どもが書いたものならば、「あぁ、反抗期なのね。親離れをしようとしているのね。父親を乗り越えようとしているのね。」と温かい目で見ることができた。

 

しかし、この記事の作者は「『1997年』に社会人になった」と書いていた。大卒なら22才として1975年生まれ。今年で45才。もうおっさんよね~。私の年齢に近い😅

 

まだ、父親を乗り越えていない反抗期真っ只中って感じね。父親は乗り越えられない。父離れすることが大切。いや、乳離れもできていないのかもしれないわ~😱。だって、自分を育てた父親をこんなにディスった文を書いて東洋経済に載せるなんて、まだまだママが必要なのかもしれないなぁ😁。

 

いえね、毒親だったら別よ。でも、父親と一緒に通勤したのだから、そうではなさそうね。

 

そして、結論が稚拙だった。

今回のコロナでリモートワークに成功した人には「定時をなくす」運動を起こしてほしい。

→「定時をなくす」運動を起こしてほしいって・・・😥。運動ではなく、会社内でコンセンサスを取るのよ。まずは自分の部署から、そして他部署も横断させる。とこのくらいは具体的に書かないとねぇ😑。

 

「会社に指示された時間に出社する社員は偉い」といった価値観は令和の時代には合わない。むしろ単に仕事でいかに成果を出しているかだけを評価基準にしたほうがいい。

→えっ❓偉いの❓。何かステレオタイプの理解なんじゃないの😓。偉いのではなくて「当然だ」なのよ。「会社に指示された時間に出社するのは当然だ」と考える人が多いのよ。それにしても「偉い」って稚拙な表現よね😥

 

成果主義といえども、タイムカードがあって時間を切り売りしているからなぁ。労働者は🤔。まぁ、それは「定時」とは関係はないが。

 

就業規則って、この方はご存じなのかしら🤔。当然知っている上でこれを書いているのよね?でも、フリーランスだからご存じないのかも😅。

 

就業規則には、従業員に拘束時間と拘束時刻も書かれている。会社と従業員の決まりごとなのよ😄。

 

会社も従業員も、この就業規則に縛られるの。従業員の権利を守るものでもあるし守らなければならない義務でもある。

 

定時に出社するのは「偉い」のではなく、「当然」なのよ。そして、「定時をなくす運動」とは、もっと具体的に言うと「就業規則を変える」と言うことになる。経済誌に載せるなら、この程度のことは踏まえないと😌。だって「満員電車をなくすたった1つの方法」って大見得を切ったのだか😄。

 

「アイツは部署で一番早く来ていてエラいな!」と考える上司が今の時代にいるかどうかはわからないが、毎日満員電車に乗ることを良しとし、定時少し前にデスクに到着する人物が評価されるような時代ではないといった認識を各人が持ったほうがいいのではないか

→もうね。最後が「~ではないか」と終わる文は、稚拙な最悪の文。

 

それに「認識を各人が持つ」ってなんなの🤣。

 

これが「満員電車 日本からなくす方法 」なのかしら❓🤔。

 

それとも「定時をなくす」ことかしら❓🤔そりゃ、定時をなくせば、満員電車はなくなるよ。でも、その定時をどうなくすのか。その方法が「認識をもつこと」なの。あんなに親父をディスってこの結論❗️❓😱。

 

親父さん、浮かばれないなぁ😥。

 

認識を持てば、満員電車がなくなるの❓🙄。

 

観念論かしら❓🤔

理想家なのかしら❓

それとも夢想家かしら❓

 

それも「~ではない」と認識するって…😑。

 

「私は出来なくはない」と否定で認識するより、「私は出来る」と肯定で認識した方が良いのよ。

 

まぁ、定時に出社しなければ評価が落ちるだけで、今の時代、定時より早く来たからといって評価する会社がそんなにあるのかしら🤔。

ここで文の読解をしてみるわ👨‍🏫

【A】と考える上司が今の時代にいるかどうかはわからないが、

【B】とし、【C】されるような時代ではないといった認識を各人が持ったほうがいいのではないか。

【A】≒【B】≒【C】って分かるかしら🤔。

 

もっと大きなくくりにすると

【D】が時代にいるかどうかはわからないが、
【E】のような時代ではない

作者はDもEも否定している。

 

Dは「アイツは部署で一番早く来ていてエラいな!」と考える上司

 

Eは「毎日満員電車に乗ることを良しとし、定時少し前にデスクに到着する人物が評価される」こと。

 

従って【D】≒【E】となる。

 

つまり、この作者は「『アイツは部署で一番早く来ていてエラいな!』と考える上司がいるかどうか分からないが」と言っておきながら、そういう上司がこの世に存在すると考えている可能性が高いことが分かる。

 

と、こんな小難しく読解きたが、簡単に言えば「~がいるかどうか分からないが」と行った場合、本当にいないのならこんなフレーズか頭に浮かばないわけで、いると思っているのだろうと考えた方がいい。

 

いるよ、きっと。そういう上司。上司はごまんといるんだから。でも、主流ではないよ。この時代。乗りきれないもん。まぁ、これも私の憶測だが😅。

 

話を戻すわ🙇。

 

認識を持っただけでは変わらない。行動をしないと。

 

「僕は出来るんだ~」と認識すれば、出来るようになるの🤣。魔法使いかしら🤣。

 

「僕は出来るんだ」と認識して、具体的な行動を起こしてはじめて出来るようになるのよね🤔。

 

大学のAO入試でも落とされそうな結論ね😎。

 

「東洋経済」って、こんな文でも掲載されるのなら、もっと凄い無名のブロガーさんが沢山いるわよ~📢🤣。

 

こんな稚拙な記事でいくらもらっているのかしら❓🤔。

 

それも経済誌でしょ😅。この記事を読んで、フムフムと納得する経済人がいたら見ものよね。

 

あっ❗️❗️😄。

 

この記事は、経済オンチや論理的思考力の欠如を見抜くためのテストなのかしら😁。

 

ディスりすぎかしら😎。

 

でも良いじゃない。だってそれでも貴方は原稿料をもらっているんでしょ。私はノーペイなのよ。それで貴方の文章を添削しちゃったのだから、とても奇特な人でしょ😁。この奇特は当然良い意味で、自画自賛よ😄。

 

最後に、なんでこの記事をこんなにこき下ろしたのか教えるわ😉。

 

だってauヘッドラインに「『満員電車を日本からなくす』たった1つの方法」というタイトルが出てたんだもの。それも東洋経済オンラインは、経済誌よね。だから期待して読んだのよ。

 

そしたら、こんな高校生の大学へのAO入試でも落とされるような内容だったから、頭に来ちゃったのよ😅。

 

やはりタイトルに釣られちゃダメよね。まぁ、無料だし、ブログのネタになったから結局は儲かっちゃったんだけれどね😁。

 

東洋経済さん、私のブログを全て読んでくれないかしら😎。でも、執筆したら、私のような理屈やに絡まれて、凹むんだろうなぁ😌。やはり大勢の人に読まれたいが、ブレーキがかかる。いや、それは大勢の人に読まれるようになってから言えって突っ込まれそう(゜o゜)\(-_-)。

 

みなさんのブログは、楽しく読んでいます😊。

 

「何か、ゆうさんは私のブログも、こんな批判的な読み方をしているのかしら。」と思って嫌がらないでね😭

 

ロックオンしたときに、こうなっちゃうのよ😅。なんか無駄に力を使っているわよね😌。