生活の中の心理学②(つれづれなるままに心理を語る⑪)
なんだかなぁ🤔
私が利用しているバス停🚏は2つある。1つは自宅から徒歩1分のところにあるが、定刻通りに来ないバス🚌。本数も少ない。もう1つは、徒歩10分のところにあり、本数も多い🚏🚌🚌。少なくても1時間に5本はある。このバスは別系統😄。
自宅から近いバスを利用するときは、バスの発車時刻と運行状況も確認する。だから、待ち時間は1分以内✌️😁。
自宅から遠いバスは、始発の上に本数が多いため、発車時刻を確認しないで行く。だから、停留所一歩手前で、バスが出発してしまうことがよくあるの😣。今日もそうだったのよ。家に近いバスが遅れていて、オンラインの運行状況を見てもその姿を見せないから、遠くのバス停に行ったのよ。そしたら目の前でバスが出発してしまった🚌💨🚏🏃
ここで面白いことに気づいた😎。私は電車の乗り換えで、1本でも2本でも遅らせるわ。始発電車で、座りやすい位置に座りたいから。しかし、バスを1本乗り遅らせると、プチっとイラついちゃうのよ😅💢。
こうやって同じ事象なのに感情が変わるのはなぜかと対比させるのが、心理を分析する第一歩だと考える🤔。
その点について書いたブログはこちら👋😄。
生活の中の心理学(つれづれなるままに心理を語る①) - つれづれなるままに
「一本乗り遅らせたこと」は同じである。私が座りやすい席に座れるのも同じである。バスでは、1番前に並ぶことになるので、座りたい席に座れる。待ち時間も5分~10分とあまりかわりない。
でも、バスを乗り遅れたときにはマイナスの感情になる。つまり嫌な気持ちになる。
電車を乗り遅らせたときにはプラスの感情である。つまりよい気持ちである。
さて、皆さんだったら、どう分析するかなぁ🤔。私なりの答えを導き出す、伏線に気づいたかな😅
「乗り遅れた」と「乗り遅らせた」よ。後者には私の意思がある。あと、マイナスの感情「になる」と、プラスの感情「である」よ☝️😄。「~になる」と「~である。」この微妙な違いが、心にとっては大きいの。
バス待ちは、私には不本意だったのよ。遅かった私に原因があるのだが、心の底では「待たされた」のだ。仕方がなく待たされたのだ。
相手にさせられたという「受身」もしくは「使役」いや、「使役受身」なのよ。たとえば「小さい頃、勉強させられた。」というのは「使役受身」よね。使役とは、行為を他人に行わせることよ。受身とは、主語が他からの動作・作用を受ける言い方。
どちらも受動的というか、消極的なのよね。その消極的の二乗だから、この「使役受身」の行動は、プラスの感情になりにくい。だから、マイナスの感情「になった」のね😄
電車待ちの方は、心地よい気持ちを求めて一本電車を待ったのよ。気持ちのよい心で、電車を待つ選択を能動的にしたのよ。その選択をするときには、プラスの感情「であった」のよ☝️😄。
これって、人を動かすときに大切なことだと考える🙄。
「させられる」よりも「する」という方向に持っていかねばならない。しかし、それが大変なのよ。
私が定期試験に向けて、学校のワーク指導をしようとすると…。
ワークを持ってくるのを忘れました。解答解説を持ってくるのを忘れました。解答用紙を忘れました。ノートを忘れました。プリントを忘れました。筆箱を持ってきていません。
どの教科を指導しようとしても、何かしら欠けていて中途半端で指導ができぬ。これにはついに怒ってしまった😡。怒鳴らずに😅。
👨これは先生をバカにしているだろう。
👦していません。
👨そうか。学校であなたはこんなに忘れ物をするのか。
👦しません。
👨学校では忘れ物をせずに、塾には忘れ物をする。それは塾だからだろう。
👦…。
👨それに、先生は、授業とは別に時間を作ってあなたの勉強を手伝おうとしている。1学期から、あなたは変わっていない。先生をなめているんだよね😣
👦そんなことはありません。
👨じゃぁ聞こう。あなたは野球部。あなたがあんなに持ってこいと言ったのに、そう言われた野球部の後輩がグローブとスパイクを忘れてきたら、あなたはヘラヘラと笑っていられるのかな。
👦怒ります。
👨あなたはその後輩と同じことを私にしていると理解できているのかな。
👦…。
👨じゃぁ聞こう。グローブとスパイクを忘れて野球の練習に来た後輩に怒りの一言をどうぞ👋
👦…。何しに来たんだ。
👨その言葉、そのままあなたに返してやるよ🤣。あなたの母親にもどうにかしてほしいと頼まれている。でも、これじゃぁどうしようもできないね。お金を払えば、何でもやってくれると思っているんじゃないの。ワーク忘れは百歩譲って許そう。筆箱を忘れるなんて最悪だよ💢。なめているんだね。
👦なめてはいません。
👨じゃぁ、言い換えよう。先生に甘えているんだね。
👦…。そうかもしれません。
👨学力を上げたければ、その甘えを捨てろ❗️💢